オッペンハイマー
「原爆の父」と呼ばれた理論物理学者オッペンハイマーが原子爆弾の開発と成功までの道のりとその後の苦悩をソ連のスパイ容疑をかけられた公聴会を軸に描いた壮大な伝記映画
新しく斬新な撮影技術で我々を魅了してきたクリストファー・ノーラン監督という事もあって、広島・長崎の原爆を落とすシーンなど戦争シーンを期待していた人は肩透かしを食らうだろう。この映画はほとんど会話劇である。科学者としての倫理、政治的陰謀、確執、そして個人的な葛藤が絡んだ濃い内容な上に時系列もバラバラで複雑な構成なので1、2回鑑賞しただけじゃはっきり言ってすべてを理解できないと思う。自分がそうでした。(^_^;)
この映画は反戦・反核映画でも無ければ戦争映画とも言い切れない。科学を愛するノーランが尊敬してやまない「J・ロバート・オッペンハイマー」という一人の天才物理学者に焦点を置いた作品を描きたかったのではないのか。と思った。
科学者としての誇りのために原爆開発を成功させたオッペンハイマー。しかし、抑えられない野心は日本への原爆投下へと繋がり、20万人以上の犠牲者を出します。取り返しのつかない後悔と苦悩に襲われた彼は、その後のトルーマン大統領との会談で『私の手は血塗られている』と吐露。それに対してトルーマンは「あの泣き虫小僧は二度とよこすな」と言い放った場面がとても印象的でした。トルーマン大統領を演じたのは、名優「ゲイリー・オールドマン」。たった数分間しか登場しないのにトルーマンの勝気で横暴な怖さを見事に演じきっていて強烈な存在感を残してくれました。
そしてこの映画のもう一つの魅力のテーマは、ソ連が原爆開発に成功したのを受けて政府が原爆よりも強力な水素爆弾を開発する議論が始まりますが、オッペンハイマーは水爆開発を反対します。そこで水爆推進派であり原子力委員会の委員長でもあるロバート・ダウニー・Jr演じるルイス・ストローズとの対立描かれるのですが、この対立エピソードがあるからこそオッペンハイマーという一人の人間についてより深く感情移入できるのではないのでしょうか?オッペンハイマー視点はカラー、ストローズ視点はモノクロという演出で描かれていくのですが、オッペンハイマーとストローズの確執を見ていると映画「アマデウス」での天才モーツァルトに嫉妬するサリエリを思い出しました。「アマデウス」が好きな人には、きっとこの映画も楽しめるでしょう。
複雑な構成で濃密な会話劇なのにちゃんと面白いという改めてノーランの凄さに感銘を受けました。