やり直しの人生に何を学ぶ?「ファーストキス 1ST KISS」
久しぶりに悶絶級の良作品に出会った。
映画「ファーストキス 1ST KISS」である。
単純にコメディエンヌな松たか子が好きで
ドラマ監督としての塚原あゆ子が好きで
ドラマ脚本家としての坂元裕二が好き。
そんな理由から密かに楽しみにしてはいたが、
公開翌日に観て、大衝撃を受けた。そそくさと2度目も観てきた。
久しぶりにスクリーンの中の人物にトキメいた。古めかしい言い方をすると「キュンキュンした」のだ。
ドラマでの坂元裕二作品に出てくる男性の中で『超めんどくさいけどそこがキュート』な人物像が必ず一人は出てくるが、今回の映画「ファーストキス 1ST KISS」のそれは、松村北斗演じる硯駈(スズリカケル)だった。

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駈は、古生物学の研究員。
約5億年前のカンブリア紀に生息していた葉足動物の一種ハルキゲニアを、携帯のストラップにするほど愛する、紛う事なき古生物学者の研究員。初対面の相手にもツラツラと立て板に水のごとくな自己紹介をするが、ハルキゲニアの紹介までがワンセットである。もうすでに、《面倒くさ臭》しかしない。
でも、タイムループで何度も過去に遡ってくる妻・カンナ(松たか子)をどうやっても好きになってしまう模様。カンナは古生物ではなく、人間の女性である。そんな"好きがダダ漏れ"な駈は、言うまでもなく《キュート》だった。観る度に、その映像も相まって太陽光のように眩しく映った。笑顔が、照れた顔が、言動が、とても可愛い。
キュートさが垣間見えない冷えきった夫婦生活を送っていた時の駈は、ただの面倒くさ男だった。お腹も出て、髪には艶もなく、肌にハリもなく、目の輝きもない。どこにでも居そうな"気の遣えない夫"だった。最初は恋してプロポーズまでしたカンナとは徐々に亀裂ができてしまい、朝食は別のテーブルで食べ、寝るのも別。家庭内別居状態で「いってきます」の挨拶もせずに外出する。
そんな冷酷夫な駈が、人助けにより事故死した。その日の夕方に出す予定のカンナとの離婚届をカバンに入れたまま。
現代の『駈が事故死してしまった世界線』に生きるカンナは、元夫(44歳の駈)に先立たれ、3年越しの予約をしたレア餃子を焼くことに失敗し、餃子を焼く前に時空を戻してほしいと激しく落ち込む。
落ち込みながら職場の用事で車を走らせているとカンナもまた事故に合う。
事故にあったがカンナは死なない。15年前にタイムリープするだけ、だ。
タイムリープしたカンナは現代と同じ45歳。
冷酷夫だった駈は、若き29歳の古生物学研究員。お腹も出ていない、髪には艶があり、肌にもハリがあり、目もキラキラしている(ようにカンナには映る)。
この若き駈が発する言葉が、いちいち可愛くて、カンナも次第に昔の駈との恋人時代を思い出してしまう。

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タイムリープ物はドラマにせよ、映画にせよ、幾度か見たことはある。が、諸々の細かな設定の説明抜きにカシャーンという効果音のみで現代と過去を行き来する作品は初めてだった。
要するにファンタジーではあるが、それをしょっぴいても駈とカンナの現代と過去を通しての心の通い合いと、何度だってやり直しのできる人生に心が元気になった。駈とカンナの後悔からのやり直しの15年が、妙に説得力があって、諦めの気持ちや現代の失望感を払拭してくれた。
初心を忘れないことは、とても難しく、
けれど、初心を思い出すことはひょっとして可能なんじゃないかという希望。
希望を持って、距離の近い人を疎かにしないこと。
恋愛は相手の「好き」を探すこと
結婚は相手の「嫌い」の解像度を上げること(要約)
忘れがちな初心は、結婚という日常によっておざなりになりがちな相手への敬意や愛情を、抗えない運命の短い期間だと気づくことによって、途端にカラフルに色づかせるということ。
45歳の君に会いたいから
僕は死んでもいい。
そんな若き駈の揺るぎない愛が、
餃子のように焦げ付いたカンナの心に再び潤いをもたらせた。不器用なファーストキスと共に。
人生は何度だってやり直せる。
餃子だって焼き直せるのだ。