美しい映像美を堪能できる「ポトフ 美食家と料理人」
[概要:グルメのドラマ、セザール賞(衣装デザイン)を獲得]
「ポトフ 美食家と料理人(LA PASSION DE DODIN BOUFFANT/THE TASTE OF THINGS)」は昨年12月15日に公開されたグルメ映画。「青いパパイヤの香り」「夏至」の名匠トラン・アン・ユン監督が、ジュリエット・ビノシュ(ウージェニー)とブノワ・マジメル(ドダン)を主演に迎え、二人三脚で美食を追求する一組の男女の料理への情熱と愛の行方を描いたグルメ映画。物語の舞台は19世紀末のフランスで、自然の中に佇むシャトー(大邸宅)であり、とれたての新鮮な野菜や果物が料理に使われる。
美食家のドダンが独創的なメニューを考案し、ウージェニーがそれを完璧に再現していく。その一方で、食を通して20年以上にわたって確かな絆を結んできた2人だったが、なぜかウージェニーはドダンの求婚を断り続けていた。そんな中、ユーラシア皇太子に晩餐会に招待されたドダンは、その豪華なだけの料理に辟易してしまうが、もっともシンプルな料理“ポトフ”で皇太子をもてなす計画をウージェニーに打ち明ける…。
[フランスの美食(ガストロノミー)の世界]
古い小説「美食家ドダン・ブーファンの生涯と情熱」(1924年、マルセル・ルーフ著)を原案として制作された映画とのこと。また主人公のドダンのモデルになったのは、有名な美食家のブリア・サヴァランで邦題「美味礼賛」(1825年)という著書を残しており、洋酒の入ったお菓子の“サヴァラン”は氏の名前からとられている。劇中では、アントナン・カレームや、ホテル・リッツで功績を残したオーギュスト・エスコフィエ等の話題が出てくるのもグルメ映画らしい。
また料理は、日本では現在はANAインターコンチネンタルホテルにも三つ星レストランがある、ピエール・ガニェール氏が監修している。物理化学者と協力して分子ガストロミーを研究し、「厨房のピカソ」と称されている点でも、監督の眼力は素晴らしい。
これまで私は、美食家は料理しないものと思っていたのだが、ドダンは料理もし、料理人でない美食家の友人たちに料理をふるまっているのは新鮮だった。
[写真の紹介]
・ウージェニーの洋服:監督の奥さんで「青いパパイヤの香り」(1993)のヒロインのトラン・ヌー・イェン・ケーが衣装を担当している。ナチュラルなコットンの洋服がシンプルで素敵。庭の結婚式のシーンも素敵だった。
・菜園の様子:毎日、ナチュラルな食材が選ばれ、豊かな自然の恵みを感じる。
・料理を監修したピエール・ガニェール:ブノワ・マジメルを指導している様子。
・ドダンの料理(贈り物):病気で倒れたウージェニーのためにドダンが料理する。洋ナシのデザートに隠された指輪が素敵すぎる。洋ナシの形がエロティックでもある(?)。
・若き後継者:絶対味覚をもつポーリーヌ。
[この映画の特長 / ①音楽は使用しない]
やはりトラン・アン・ユン監督らしく、五感で味わい静かな時間を過ごすアート感のある作品である。音の部分は、料理する音、自然の中で聞こえる音等をメインにし、音楽担当の起用はなく、エンドロールでジュール・マスネのオペラの間奏曲の「タイスの瞑想曲」をピアノ曲として編曲した楽曲のみが流れている。バイオリンでなくピアノというのも、この映画の透明感にあっている。この時代を生きていたマスネの楽曲が取り上げられるのは、好きな作曲家でもあるので、個人的にも嬉しい。
●ベトナムが舞台の「青いパパイヤの香り」の方は、10年以上前にフードアナリストの勉強のために鑑賞した食関係の映画の一つで、最近改めて鑑賞したところ、ヒロインが、憧れの音楽家のところに奉公することになるが、同氏はフランスで音楽を学んだという設定で、美しいドビュッシーのピアノ曲「月の光」が使われていることに気づいた。<音楽探しは楽しい!>
[この映画の特長 / ②料理への愛と、はかなさの表現]
「エタニティ 永遠の花たちへ」(2016)も、「アメリ」(2001)のオドレイ・トトゥが主演する、19世紀末のフランス上流階級の数世代にわたる愛と哀しみの人生を静かに見つめたドラマであり、この「ポトフ」も、アートとしての料理への愛やウージェニーに先立たれたドダンの哀しみと喪失感が描かれており、喜怒哀楽の起伏が直接的に表現されていない、静かな生活を美しく表現している。
[ビノシュしかない!]
今や、多くの女性のあこがれの女優でもあるジュリエット・ビノシュは、「ショコラ」(2000)でエレガントで芯の強いヒロインを演じたが、年をかさね、ますます円熟した女優となり、今や映画界が誇る至宝でもある。また、ジョルジュ・サンドを演じた「年下のひと」(1999)で知り合った年下のブノワ・マジメル(アルフレッド・ド・ミュッセ役)とは24年ぶりの共演ということで、元パートナーだったという点でも息があって当然だ。氏にとっても久々の快作だったと思う。
[パンフレット]
会場で購入したパンフレットは、レストランのメニューの様で、装丁も革張りの豪華なデザイン。
[最後に]
昨年は公開日の初日に銀座で観劇したが、比較的お客さんの入りもよかった。グルメしかもクラシックなガストロノミー(美食)のテーマなので、一部の人しか関心を示さないかもしれないが、ジュリエット・ビノシュの新作なので観てみたいと思う視聴者は多いことだろう。
公開イベントでは、監督と奥さん、そしてブノワ・マジメル氏が来日している。