「マンハッタン計画」と「トリニティ」と「公聴会」をシャッフルさせた三位一体のロバート・オッペンハイマー物語『オッペンハイマー』
■オッペンハイマー
〈作品データ〉
『ダークナイト』や『インターステラー』、『ダンケルク』など、あらゆるジャンルで名作を生み出し、「第96回アカデミー賞」で作品賞を含む7部門を制し、「原爆の父」と呼ばれた物理学者J・ロバート・オッペンハイマーを取り上げた社会派ヒューマンドラマ!1920年代後半から1930年代にかけて、ヨーロッパで理論物理学や粒子力学を学んだJ・ロバート・オッペンハイマーは1942年にアメリカ軍から呼ばれ、極秘裏で行われていたプロジェクト「マンハッタン計画」に参加することになり、ニューメキシコ州ロスアラモスの荒野に研究所を作り、世界初の原子爆弾の開発をすることに。J・ロバート・オッペンハイマーをキリアン・マーフィーが演じ、他エミリー・ブラント、マット・デイモン、ロバート・ダウニー・Jr.、フローレンス・ピュー、ジョシュ・ハートネット、ケイシー・アフレック、ラミ・マレック、ケネス・ブラナーが出演。
・3月29日(金)よりTOHOシネマズ日比谷他全国ロードショー【R15+】
・上映時間:180分
・配給:ビターズ・エンド
【スタッフ】
監督・脚本・製作:クリストファー・ノーラン
【キャスト】
キリアン・マーフィー、エミリー・ブラント、マット・デイモン、ロバート・ダウニー・Jr.、フローレンス・ピュー、ジョシュ・ハートネット、ケイシー・アフレック、ラミ・マレック、ケネス・ブラナー、トム・コンティ
原題:Oppenheimer/製作国:アメリカ/製作年:2023年
公式HP:https://www.oppenheimermovie.jp/
〈『オッペンハイマー』レビュー〉
前作『TENET テネット』が公開して間もなく、次回作が「原爆の父」と呼ばれた物理学者J・ロバート・オッペンハイマーと「マンハッタン計画」を取り上げた作品であることを聞き、待つこと約3年半。世界で唯一の原子爆弾の被爆国とあって作品の公開自体を危ぶまれたが、ようやく日本でも公開に至ったキリアン・マーフィー主演、クリストファー・ノーラン監督・脚本・製作作品『オッペンハイマー』。物理学者の伝記映画とあって根本はこれまで同監督が手掛けた作品とは違ったヒューマンドラマでありながら、主人公のオッペンハイマーと彼と対峙するアメリカ原子力委員会の委員長ルイス・ストローズといった二人の主要人物の現在進行のストーリーと過去の記憶を織り交ぜた各々が内に秘めたミステリーに仕立て上げ、ロスアラモスの国立研究所での開発の過程や核実験「トリニティ」での生々しい爆発実験、戦後の「赤狩り」の公聴会など、
ロバート・オッペンハイマーの半生記をクリストファー・ノーラン監督らしく大きなスケールでスリリングに描いている。
ロバート・オッペンハイマーの半生記の伝記映画ながら、時間軸通りのオッペンハイマーの軌跡を展開するのではなく、オッペンハイマーとストローズの別々の公聴会(オッペンハイマーのは「保安聴聞会」だが)の様子を現在進行のストーリーとして展開。そこから、それぞれがそこに至るまでの過去のドラマを挿入し、二人の現在と過去の心境・状況の変化を描く。
つまり、
戦前の「マンハッタン計画」&核実験「トリニティ」を軸にした原爆を作り上げた物理学者の物語と、
戦後のオッペンハイマーの保安聴聞会の様子をうつした米ソ冷戦構造下のドラマ、
そしてオッペンハイマーを原子力委員会に招聘しながら自ら追放した件を問われる公聴会で追い詰められるストローズのドラマ、
といったそれぞれ違った3つの「なんでこうなってしまったんだ」というドラマをシャッフルさせた形で展開し、
ロバート・オッペンハイマーという人物像を浮かび上がらせる。
この3つの違ったドラマをシャッフルさせた手法はノーランの前々作『ダンケルク』でも使っている。この『ダンケルク』では同じ時間軸で3人の違った人物からの視点を3つ組み合わせていたが、
今回の『オッペンハイマー』では1954年、1959年(ここの過去回想は主に1947年)、そして1926〜1945年と全く違った時間軸の物語からロバート・オッペンハイマーという一人の人物を語っていて、こうした切り口がいかにもクリストファー・ノーラン監督らしい。
1926〜1945年のオッペンハイマーの物理学者としての真実追求のドラマは神経質で不器用な物理学者が軍からの指令で国家・世界を揺るがす巨大プロジェクトの中心人物に成り上がるドラマなので、見ていて清々しい。そこに単に真面目な学者というだけでなくフローレンス・ピューが演じるジーンとのシーンを交え、映画にアクセントをつけている。彼女のおかげで、ロバートとキティの夫婦関係と戦後の赤狩りの共産党員疑惑の2つの疑惑に巻き込まれ、このことは天才物理学者にとってはあらゆる角度からしくじり以外の何ものでもないけど映画としてはジーンはファム・ファタールとして素晴らしい存在で、クソ真面目な映画を面白くしてくれた。
これに対してエミリー・ブラントが演じる妻キティの存在もポイントで、後半になるにつれて時折夫ロバートの尻を叩いているようにも見え、こうした彼女の様子も見てほしい。
また、1954年のドラマと1959年のドラマにおける過去の出来事から現在の状況の心理追求はクリストファー・ノーラン監督作品『メメント』の応用と言えよう。
けど、『メメント』のようにひたすら過去に退行して真実を出したのではなく、ある時は過去からの進行のドラマで、ある時は記憶をランダムで探って思い出すようにして、振り絞るようにそれぞれの結論を導き出す。このそれぞれのドラマで、最初は端役のような存在だったトム・コンティが演じるアルベルト・アインシュタインの存在が徐々に増し、ある種トランプの「ジョーカー」のような存在になっているのもまた面白い。
映画作りそのもののような「マンハッタン計画」と核実験「トリニティ」の様子や、「トリニティ」の本来の意味に当たる「三位一体」に合わせたかのような3つの異なる時間軸のドラマのシャッフルやキューブリックの『博士の異常な愛情』へのアンサーともとれるラストなど、クリストファー・ノーラン初めての伝記映画・ヒューマンドラマながらクリストファー・ノーランらしさを存分に発揮し、またキリアン・マーフィーをはじめ、ロバート・ダウニー・Jr、エミリー・ブラント、マット・デイモン、フローレンス・ピュー、ケネス・ブラナー、トム・コンティなど、各俳優の良さを引き出せ、アカデミー賞総ナメも納得。