懐古 アメリカ映画の1965年
昔の時代を慕い、アメリカ映画の名作を年度別に振り返っている。
「1960年」を初回に、前回「1964年」まで5回にわたって当時の名作に触れてきた。
今回は「1965年」(昭和40年)の話題作を懐かしむ。
「サウンド・オブ・ミュージック」 監督:ロバート・ワイズ
やはりこの映画を最初に挙げてしまう。
ブロードウェイで大ヒットした本作は、景観と名曲に彩られたミュージカルの最高峰だ。
1938年のオーストリア。退役海軍トラップ大佐(クリストファー・プラマー)の家へ家庭教師としてやって来た修道女マリア(ジュリー・アンドリュース)は、母を亡くした7人の子供たちと音楽を通じて心を通わせていく。最初は彼女を快く思わなかった厳格な大佐だが、やがてマリアへの感謝の意を表すようになり、彼らの間にはいつしか愛が芽生えていくのだが...。
圧巻のオープニングから素晴らしい。
カメラがアルプスの山々を眼下に見下ろしながら移動し、やがて野原に立つマリアの姿を捉える。
アカデミー賞・作品賞を受賞した本作は、ジュリー・アンドリュース(1935.10.01 ~ )なしでは考えられない。まさに永遠のミュージカル・スターである。
「ドレミの歌」、「エーデルワイス」をはじめとする名曲の数々も懐かしい。
そして、野外でのロケーション多様を成功させた職人監督、ロバート・ワイズを称えたい。
「ドクトル・ジバゴ」 監督:デヴィッド・リーン
製作国はアメリカ合衆国とイタリアであるが、本欄で取り上げたい1本。
ロシア革命前後の動乱期を背景に展開される、ロマンの香り高き一大叙事詩である。
ロシアの名門家庭に生まれながら、幼い頃に両親を失ったユーリー・ジバゴ(オマー・シャリフ)は、成人して医者となり、育ての親の娘トーニャ(ジェラルディン・チャップリン)と結婚する。
第一次世界大戦が勃発すると、彼は従軍医として戦地に向かい、そこで以前に ‘ある事件’ で知り合ったラーラ(ジュリー・クリスティ)と再会する。戦場で苦楽を共にするうち、彼は妻とはまったく違った奔放な魅力を持つラーラに惹かれていくのだが...。
この映画の撮影は、ロシアの風景に似ている場所を世界各地で探した結果、スペインとカナダ、フィンランドに落ち着いたようだ。特に、列車が広大な土地を通過するシーン、厳寒の雪原風景など、カナダにおけるロケは、ロシアよりロシアらしいと揶揄された風景。
「アラビアのロレンス」(62年)で鮮烈なメジャー・デビューを飾ったオマー・シャリフは、本作の主演により、その後の彼の俳優人生の基盤となった。
又、ヒロインのラーラを演じたジュリー・クリスティは、同じ年に公開された「ダーリング」(イギリス映画)のほうでアカデミー主演女優賞に輝いている。
共演陣では、ロッド・スタイガー、アレック・ギネス、トム・コートネイ、ラルフ・リチャードソン、クラウス・キンスキーら、錚々たる俳優が名を連ねている。
テーマ音楽の切なさと相まって、いつまでも心に残る名作である。
「質屋」 監督:シドニー・ルメット
1964年製作だが、アメリカ公開「1965年」に倣って選定。
‘1960年代のアメリカ映画の中で、最も力強く、正直で胸を突き刺す作品’ と評された人間ドラマの力作。
元大学教授のソル・ナザーマン(ロッド・スタイガー)は、ニューヨークの貧しい一画で質屋を営んでいる。彼は第二次世界大戦中のポーランドで、妻と娘をドイツ兵に殺されて以来、数年を精神的廃人として過ごし、今では人間不信に陥っていた。自分の殻に閉じこもり、何事にも無関心を決め込んでいる。しかし、過去の忌まわしい記憶が時折、彼の脳裏によみがえる。そんな彼に、社会福祉事業家のマリリン(ジェラルディン・フィッツジェラルド)は心から優しく接するが、彼の孤独は癒えなかった。ソルの唯一の救いは、プエルト・リコ生まれの若者ジーザス(ハイメ・サンチェス)だ。ソルの助手として働いているが、ゆくゆくは自らも質屋を経営したいと思っている。ある日、そんな彼の店に、とある事件がふりかかった...。
金欲しさに、ソルの前に身を投げ出す娼婦の裸身に、ドイツ兵に暴行された亡き妻の姿がオーバーラップするシーンは、あまりにも痛ましい。絶望感に打ちひしがれたロッド・スタイガーの熱演は、観る者の魂を揺さぶる。
彼の鬼気迫る演技は素晴らしく、これは67年「夜の大捜査線」におけるアカデミー賞主演男優賞に繋がるものだ。(人種偏見の強い、田舎の警察署長役を好演)
撮影はボリス・カウフマン、音楽はクインシー・ジョーンズで、ルメット監督と懇意の2人が担当。
ハリウッドのプロダクション・コード(製作についての倫理自主規定)に一石を投じた作品でもある。
「キャット・バルー」 監督:エリオット・シルヴァースタイン
騒がしくも愉快な西部劇のパロディ。
冷酷な殺し屋と、酔いどれガンマンの二役を演じたリー・マーヴィンの存在感が強烈で、見事アカデミー主演男優賞を受賞している。
1894年、ワイオミング。教師志願のキャサリン・バルー(ジェーン・フォンダ)が久々に我が家へ帰ると、牧場は荒れ果て、家は立ち退き寸前。その上、父親(ジョン・マーリー)が殺し屋に殺害されてしまう。キャサリンは復讐のため、知り合った小悪党コンビや、牧場を手伝うインディアンたち、そして酔いどれガンマン・キッド(リー・マーヴィン)らを集め「無法者集団」を作る。やがてキャサリンは「山猫バルー」と呼ばれる大姐御となるのだが...。
B級映画の出演が続いていたリー・マーヴィンは、「リバティ・バランスを射った男」(62年)、「殺人者たち」(64年)でメジャー俳優の地位を築きかけていた。
悪役専門から徐々にコメディ演技にも冴えを見せはじめていた頃で、本作の役柄はまさに打ってつけ。この後の彼のポジションは言うに及ばないだろう。
一方のジェーン・フォンダは、年齢こそ28歳だったが、作品的には未だ恵まれていない頃。
しかし本作の成功により、翌年から一気に主演作が続いていく。
やがては「コール・ガール」(71年)、「帰郷」(78年)の2作でオスカーを獲得する大女優となる。その彼女も、今は86歳である。
コロンビア映画のロゴである自由の女神が、いきなりロープを投げ捨てて主人公のキャット・バルーに変身し、銃を撃ってみせるという痛快なシーンで始まり、続いてナット・キング・コールがバンジョー片手に相棒のスタッビー・ケイとともに登場。要所要所で歌いながらあらすじを語るという講談調の語り口もいい。
「バニー・レイクは行方不明」 監督:オットー・プレミンジャー
こういう映画が存在するから、映画ツウにはたまらなく嬉しい。
モノクロ画面の陰影と、流れるようなストーリー展開、適度な緊張感の中、湧き上がる事件への疑惑...特に、中盤からは、食い入るように画面を見つめる自分の存在さえ気づかない。
ロンドン。アメリカからやって来たアン・レイク(キャロル・リンレイ)は、ロンドン駐在記者の兄スティーヴン(ケア・デュリア)とともに、新たにアパートに入居した。大家のウィルソン(ノエル・カワード)から言葉を掛けられるが、会話もそこそこに4歳になる娘バニーを保育園に迎えに行く。だが娘の姿はどこにも見当たらず、園側もバニーという子など預かっていないという。ヒステリックになったアンは兄を呼び、保育所職員のエルヴィラ(アンナ・マッセイ)に詰め寄るが埒があかない。連絡を受けたニューハウス警視(ローレンス・オリヴィエ)とアンドリュー刑事(クライヴ・レヴィル)が事件捜査にあたるが、当局はバニーという娘の存在に疑念を抱く...。
数多くの作品でタイトル・デザインを手掛けてきたソウル・バスが、今回もいきなり切れ味をみせている。冒頭のクレジット紹介は、紙面の一部を手で剥ぎ取るような表現方で、剥ぎ取られた部分に、キャスト・スタッフの名前が記されているというもの。
バニー・レイクは行方不明...たしかに行方不明だが、我々観客は、最初からバニー・レイクの姿は見ていない。一体、どこへ消えてしまったのか?
意外な結末、いや、驚愕の結末が待っている...。
「いのちの紐」 監督:シドニー・ポラック
空中から映し出されたシアトル市の全景、やがてカメラは徐々に降下し、街のシンボルであるスペース・ニードル・タワーを捉える。更にカメラは地上に接近、ひとり寂しそうに佇む女性が目に入る。
画面は一転、鞄を小脇に抱えたまま、片手で自転車を走らす黒人青年の姿。足が長く、颯爽とした風貌に思わず見入ってしまう。やがて彼は自転車を降り、大型アメ車に乗り換え走り行く。
女性はアン・バンクロフト、男性はシドニー・ポワチエであるが、この2人、最初から最後まで同じ画面に登場することはない。つまり、共演とはいうものの、その関連性は「電話」による声の繋がりだけなのだ。
シアトル市立自殺防止協会の電話窓口でボランティアをしているアラン・ニューウェル(シドニー・ポワチエ)は、責任者のコヴァーン博士(テリー・サバラス)が外出した為、電話窓口はアランに任された。そこへインガ(アン・バンクロフト)と名乗る女性から電話が入る。インガは致死量の睡眠剤を服用したとのことで、居場所は勿論、主たる要因も分からない。アランは彼女の意識を繋ぎ止める為、具体的に何があったのかを聞き出そうとする。インガとアランは1本の電話線で繋がっているだけで、彼女の命運はアランに託されたも同然だった...。
映画はアランとインガの電話でのやりとりに加え、インガに起った出来事(回想シーン)、そして警察当局の必死の捜索ぶり、この3つが同時進行の形で描かれていく。
焦点がボケることなく、単純明快でサスペンスフルな展開に目が離せない。
フォードのパトカーをはじめとした昔のクルマ、警察内部の電話逆探知のメカニズム、頭と腰を激しく振りながらディスコで踊る若者たち...60年代を懐かしむに十分な映像が興味深い。
ローバジェットで小品ながら、粋でスパイスの効いた本作を手掛けたのは、映画初監督となるシドニー・ポラック。初とはいってもTV作品の経験が生きており、本作後には数多くの名作を監督し、プロデューサーとしてもヒット作を作り続けていくことになる。
上述以外にも、「愚か者の船」、「いつか見た青い空」、「コレクター」、「飛べ!フェニックス」といった傑作があることを申し添えておきたい。
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投稿を表示「サウンドオブミュージック」は野外シーンが多いミュージカル。知り合いの作曲家によると、天才がつくった音楽、そうそう書けるものではないそうです
「いのちの絆」って、DVDがあったんですか、これは見たい。音楽がいいんです、クィーンシ・―ジョーンズ。確か、「質屋」もクィーンシ―だったと思います。
「ドクトルジバゴ」は中学生の時見て、よくわからなかった。途中で手紙を読む声が日本語になっていて、へんな感じでした…
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投稿を表示ドクトルジバゴ、質屋、キャット・バルーの3作を観たことがありません。
早速リストに入れました!
ドクトルジバゴはなんとなくハードルが高い気がして観ることを敬遠していた作品ですが、近いうちに観て観ようと思います。
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