似顔絵で綴る名作映画劇場『ハードボイルドで渋くキメたいあなたへ 』
ハードボイルドで渋くキメたいあなたへ
男たちは胸に秘めた愛を語らず。哀しみの瞳を黒のグラスで隠す。人生の苦渋を静かに背中に刻む。こぼれる涙は人知れず酒に落とす。どこまでもクールな大人の流儀に憧れたあの頃。誰もが人生を学んだ骨太の映画があった。そんな“男前”の作品をご紹介します。
『カサブランカ』(1942)

けっしてハンサムと言うわけではありませんが、ニヒルで奥深い男の代名詞として、今なお多くのファンを魅了し続けるハンフリー・ボガート。映画史に残る名セリフに彩られた永遠の名作です!
「ゆうべどこにいたの?」
「そんな昔の事は覚えていない」
「今夜、会ってくれる?」
「そんな先の事はわからない」
全体のストーリーの中で、特に重要なセリフではないのだが、ボギー演じる主人公のどこか投げやりで、胸中に何かを抱えているであろう複雑な心根を吐き出したようで、大好きなセリフです。これほどの歴史に残る名作であるのに、その脚本は撮影中も完成しておらず、相手役のイングリッド・バーグマンは、最後に自分はどうなるのか知らされないまま進行するので、大いに戸惑ったといいます。昔は意外とおおざっぱな撮影が珍しい事ではなかったようですね。しかし、それもこれも、全ては時の過ぎゆくままに、名画は生き続けます。

『第三の男』(1949)

第二次世界大戦の敗戦後のウィーンは、米・英・仏・ソ連の4カ国による分割統治下におかれていた。荒廃したこの街では、ある闇取引が横行し、元締めの男が不敵な笑みで暗躍していた。事故死したとされるその男は、実は生きているのでは・・・。その疑念を追う極上のサスペンス!
漆黒の闇に浮かび上がるオーソン・ウェルズの薄笑い。長い長い並木道の中を一瞥もくれずに凛として歩き去るアリダ・ヴァリの氷の瞳。戦争の影に操られ、踊らされるかのようなアントン・カラスのチターのつま弾き。人間の心の光と影が交差するキャロル・リードの映像美。不朽の名作とは、まさにこの映画を言う!

『望 郷』(1937)

世代的にも、残念ながらジャン・ギャバンの全盛期を知らない私は、テレビ放映でその魅力に触れたのです。そしてその声の吹き替えは、往年の映画ファンには懐かしい森山周一郎でしたね。ジャン・ギャバンに驚くほどマッチした渋くて重厚で哀愁ある声!
日本でのジャン・ギャバンの人気をより高めた人だと思います。
さて、この映画の主人公は、フランス領アルジェリアのカスバに本国から逃れてきた犯罪者の男。港を見おろす丘のまるで迷宮のようなこの地で、男は義賊のように英雄視され、住民たちに守られ暮らしています。もはやこの地にも住み飽きて、故郷フランスへの思慕を募らせる男。パリの香りに身を包んだ美女が訪れ、恋に落ちる。警察の策略と知りつつも、帰途につく女を追いかけ、波止場で捕らわれる。何も知らない女を乗せて船がいざ出港しようとする時、甲板に立つ彼女を見つけてその名を叫ぶ。だがその声は、無情の汽笛にかき消され届かない。あぁ、船上のミレーユ・バランのあのクローズアップ! 秀逸です。

『刑 事』(1959)

イタリアの名匠ピエトロ・ジェルミ監督・主演の犯罪映画です。
ローマで起きたひとつの殺人事件から、市井の人々の哀しい人間模様が残酷なまでに浮かび上がる。ピエトロ・ジェルミ演じるコワモテの刑事の視点は、裕福な人々の陰でもがき苦しむ底辺の生活者たちの悲哀と現実の矛盾を厳しく問うものでした。貧しさゆえに起こる事件は、刑事としての感情だけでは抑えきれないものを生み、それを黒いサングラスの中にグッと押し殺す。クラウディア・カルディナーレが泣き叫びながら恋人を乗せた警察の車を追いかける名ラストシーン。主題歌『死ぬほど愛して』のもの哀しい旋律が、いつまでもいつまでも心に残ります。この時代のイタリア映画には、現実の生活に打ちひしがれる市井の人たちをリアリズムの中に描いた名作が多くあります。敗戦という傷跡を残す当時の日本の映画作風とも重なって、共感し合えるものがあったのでしょう。それは、ハリウッド映画とはまたひと味違って、手のひらを見つめるような映画ですね。
ジェルミにはもうひとつ、『鉄道員』という静かなる名作があります。こちらも心揺さぶる名主題曲で知られています。

『夜の大捜査線』(1967)

黒人差別が色濃く残るアメリカ南部の小さな田舎町。町の有力者が他殺体で発見される。休暇で旅の途中、列車の乗り継ぎでたまたま駅に居たひとりの黒人青年が、不審者とみなされて捕らえられる。だが青年は、大都会で働く凄腕の刑事、しかも殺人課の。町の警察署長は大の黒人嫌いで、静かな田舎町ゆえに殺人事件などは不慣れ。行きがかり上、捜査に協力する黒人刑事を、周囲の偏見と露骨な妨害が襲う。殺人事件のミステリーが徐々に解かれていく、そのシャープでパワフルなストーリー展開に引き込まれます。署長役のロッド・スタイガーが圧巻の演技! 頑固で偏屈、そして、ふっと見せる孤独な影と強がりとが交差する複雑な心情を、ふてぶてしくも細やかに演じています。暑い暑い夜の熱気の中で、人種差別の闇が走る。今なお純然と横たわる黒人差別問題。アメリカの病巣に真正面から切り込んだ名作です。ラスト、心の奥で彼を認めながらも素直な言葉で伝えられない署長が駅で見送る。帰途につく列車の窓の黒人刑事を、超望遠でとらえたカットが粋でスタイリッシュ! レイ・チャールズが唸るしゃがれたブルースが、ゆりかごを揺らすように包み込んでくれます。黒人の俳優の先駆者であるシドニー・ポワチエ。彼の闘ってきた俳優人生とも重なって、さらに心に響きます。

『チャイナタウン』(1974)

ジャック・ニコルソンにフェイ・ダナウェイ。ひと癖もふた癖もあるこの両人の共演。さらに、監督は札付きの“奇才”ロマン・ポランスキー。ワクワクしながら劇場へと向かった当時が懐かしくも思い出されます。
舞台は1930年代のロサンゼルス。主人公の私立探偵のもとに謎めいた女性が訪れ、自身の夫の身辺調査を依頼する。調査を進める中で、その夫は何者かに殺害されてしまい、やがて、この街が抱える水不足問題とそれに関わるどす黒い利権の闇が見え隠れするのを知る。
調査を依頼してきた女の本性は? そしてその父親は、表の顔は地元の有力者にして実は巨大な謀略の人ではないのか? 深まる謎と私立探偵の身に及ぶ危機。水道利権問題と、この父と娘の間に潜むふたつのおぞましい闇の正体が露わになる時、チャイナタウンの夜空に“奇妙な慟哭”が響き渡る。まるで小石を飲み込んだような胸のつかえに苛まれるラスト。公開当時、賛否両論あったこの何とも言えない終焉。私は好きでした。

ミュートしたユーザーの投稿です。
投稿を表示お久しぶりです。さっちゃんです。
ラストの『チャイナタウン』は残念ながら未見ですが(ロマン・ポランスキーとジャック・ニコルソンのコンビに恐れをなして)観ている作品は感情の機微を表現した作品ばかりだと思います。
いずれのイラストもそれぞれの映画の名シーンを抜き出したものばかりで銀幕の映像が甦ってくる気がします。特にお気に入りなのは『第三の男』でしょうか。アリダ・バリが並木道をふり返りもせずに去っていくラストの名場面にオーソン・ウェルズの顔のアップ。死んだ人間が残った人間にまだ影響を与えているという一抹の寂寥感を感じます。