宮崎駿さんの好きなもの
今回のスターウォーズ&ジブリイベントの特典に釣られて記事を書いております。宮崎駿さんといえば無類のメカ好きということはファンの皆さんならとうにご存知のことと思います。そこで私の守備範囲とも一致するヒコーキで一席うかがわせていただきます。
ジブリアニメで飛行機といえば『紅の豚』か『風立ちぬ』ということになると思いますが、最初から最後まで飛行機が出ずっぱりで、かつ、主人公がパイロットという理由で『紅の豚』で行ってみましょう。これには以前、ジブリさんから使用許諾をいただいた画像が使えるというのもありました。
閑話休題、この辺りで本題に入りましょう。アドリア海が舞台ということもあり、出演しているのはほぼ飛行艇か下駄ばき(水上機をこう呼びます。)で、流麗な機体が色っぽいです。主人公ポルコ・ロッソが乗る飛行艇も木製モノコック(セミ・モノコックかな?)なので三次元曲面に赤い塗装が映えております。
ところで、あらすじを書いていると紙幅を費やすばかりなので、この記事を読んでくださっている皆さまはご承知のことと独り決めして話を進めていきます。
前にIKAさんの雑談チャンネルにジブリ作品で一番は『平成狸合戦ぽんぽこ』と書いたのですが、映画としての出来と天邪鬼の気持ちから書いたものです。今回は自分の趣味嗜好に正直に行かせていただきます。マニアの暴走が始まるかもしれません。そのときはご容赦ください。

さて、この映画の元ネタになった「飛行艇時代」を探してみたのですが買ってはいないらしく見つかりません。おぼろげな記憶に頼って書きますが、間違っているのを発見した方はご教示ください。
おおまかですが、「飛行艇時代」にはジーナが出てきません。カーチスは名前が違ってて最初から悪役設定です。あと、全体にロリコンの雰囲気が漂います。マンマ・ユート団がさらうのも幼稚園児ではなく女学園の学生だったと思います。でも、宮崎さんの漫画なので危ない方向にはいきませんけど。
で、映画では、ジーナが加わって大人の恋という方向が加わったのと、彼女とフィオナとポルコの疑似三角関係が生じたこと。つまり色恋の要素が少し強くなったのです。仄めかす程度ですけど。
それから、原作になかった政治的な部分が物語に加わりました。世界恐慌とムッソリーニ率いるファシスト党の圧政です。劇中でピッコロ社の社長が「昨今は金が紙切れ並みの価値しかない。」と言ってたり、男たちが出稼ぎに出ている描写からすでに1930年頃だと思われます。
そこで、銀行で愛国債権を勧められて、「そういうことは人間同士でやんな。」といなすポルコのような自由な存在を弾圧しようとすることになります。これは何もイタリアに限ったことではなく、この時期のドイツ、日本、ソ連なども同様の方向へ進みますし、第二次大戦が始まるまではアメリカや英国にもファシスト党がありました。
劇中でジーナが歌う「さくらんぼの実る頃」もパリ・コミューンが潰されたあとに自由を象徴する歌として歌われたという経緯があり、この選曲もそういう流れとつながっていると思います。

そして本作のもう一つの側面、それは飛行機に関して素人さんには不親切なほど専門的な知識を披歴しているところでしょう。ピッコロとポルコが新しい飛行艇用のエンジンをベンチテストしている場面で「このエンジンを載せた機体でイタリア勢はシュナイダー・カップに負けた。でも、エンジンが悪かったんじゃない。メカニックがヘボだったからだ。」という台詞がピッコロから出ます。
このシュナイダー・カップはフランスの富豪ジャック・シュナイダーが主催した水上機限定の周回レースです。1913年から1932年(だったっけ?)まで第一次大戦中を除いて継続されました。確か、3連覇したメーカーがトロフィーを永久に所持し、その時点でレースは終了という規則だったと記憶しています。
戦間期では最初は直接、国土に戦火が及ばなかったアメリカの独壇場だったのですが、終盤は英国とイタリアの一騎打ち的な展開になり、最終的にスーパーマリン社が製造した水上機が3連覇してカップを英国に持ち帰りました。
や、興に乗ってつい暴走しちゃいましたが、本作はアメリカのカーチスが優勝していた時期だったんでしょう。だから、カーチスの搭乗するカーチスの水上機(ややこしいなぁ)を見たポルコの口からもシュナイダー・トロフィーの名前が出てきたのだと思います。
もう一つはフィオナが自分の担当する機体の特徴を興奮してポルコに話す場面では先に書いた木製モノコック(実際には木製の縦通材やリブがついているのでセミ・モノコックだと思います。)の設計や主翼の翼型や取り付け方について滔々と語るので、こちらもつい膝を乗り出すということになります。
ピッコロ社で修理を終えた飛行艇を秘密警察の手を逃れて工場の裏の河から飛ばす場面でも左右のコントロールがうまくいかないときにフィオが「バランスタブを使って」と言うのも飛行機マニア以外には分かりにくいと思います。滑水速度が大きいのか、エルロン(左右の傾きを制御する補助翼)が癖があって動きにくいのかだろうと思いますが、エルロンの動きと逆に動く小さな翼面です。これによりエルロンが受ける風圧を打ち消す方向の力が働くのでエルロンの操作が楽になるのです。下の図を見ていただければ少しは分かりやすいでしょうか。
①エルロンの作動原理
②バランスタブの作動原理
エルロンを作動させるのは人力なので速度が上がるとそれに逆らって作動させるのに力が必要です。それを補助するのがバランスタブで黒矢印はそれぞれの力の向きです。

最後に宮崎さんがロアルド・ダールにオマージュを捧げている場面で締めくくりたいと思います。第一次大戦中に混戦の中、疲れ切ったポルコが一人、飛んでいると雲の間から仲間たちの飛行艇が上昇してきて空一面を列になって飛んでいる様々な飛行機の流れに合流する場面がありますが、あれはロアルド・ダールの短編集「飛行士たちの話」に収録された「彼らは年をとらない」に出てくる主人公フィンの体験というか幻視というか、どちらにもとれる話ですが、大学生くらいのときに読んで空の果てまで続く古今東西の飛行機の流れという映像のイメージに眩暈を覚えました。命を愛機の信頼性と頑丈さ、それとおのれの腕に預けている飛行士の、潔さと切なさとがない混ざった生涯を象徴しているようで、カーチスとの格闘戦とかも見所もありますが、本作の中で私がいっとう気に入っている場面です。

