懐古 アメリカ映画の「1976年」
昔の時代を慕い、アメリカ映画の名作を年度別に振り返っている。
「1960年」を初回に、前回「1975年」まで16回にわたって当時の名作に触れてきた。
今回は、当時の暗い世相を吹き飛ばすような快作「ロッキー」や、大スターであるジョン・ウェインの遺作となった「ラスト・シューティスト」が登場した「1976年」(昭和51年)の話題作をご紹介したい。 1976年はアメリカ建国200周年でもあった。
「ロッキー」 監督:ジョン・G・アヴィルドセン
シルヴェスター・スタローンという無名の俳優が、シナリオをわずか3日間で書き上げた作品で、まさにスタローン自身が映画と同様、アメリカン・ドリームを実現させた。


建国の街フィラデルフィア。4回戦ボクシングで日銭を稼ぐ街のチンピラ、ロッキー・バルボア(シルヴェスター・スタローン)は、30歳になった今もうだつの上がらぬ毎日を過ごしている。彼は近所のペット・ショップに勤める娘エイドリアン(タリア・シャイア)に恋心を抱いていたが、内気な彼女はなかなか心を開いてはくれなかった。ある日、そんな彼に思わぬチャンスが転がり込む。世界ヘビー級チャンピオンのアポロ(カール・ウェザース)が無名のボクサーと戦うと発表し、その対戦相手にロッキーが選ばれたのだ。ロッキーは必死でトレーニングに励むのだが...。
ビルボードのナンバーワン・ヒットを記録した、ビル・コンティ作曲の軽快なテーマ曲が象徴的。
又、ジョン・G・アヴィルドセン監督の愛情あふれる丁寧な人物描写も好感がもてる。
物語は典型的なサクセス・ストーリーだが、主人公ロッキーにスタローン自身が反映されていることが実に興味深い。
「タクシードライバー」 監督:マーティン・スコセッシ
ベトナム帰還兵の孤独と狂気、挫折を鮮烈に描き出した作品。カンヌ国際映画祭・作品賞受賞。


ニューヨーク。不眠症のためにタクシー運転手になったベトナム帰還兵の青年トラヴィス(ロバート・デ・ニーロ)は、夜の街を流して走っているうちに、堕落した都会の恥部を目の当たりにして激しい怒りを覚える。選挙事務所で働くベッツィ(シビル・シェパード)とデートにこぎつけたトラヴィスは、彼女をポルノ映画館に連れて行ったため、あっさりと振られてしまう。ある日、マンハッタンのイーストビレッジで、ポン引きのスポート(ハーヴェイ・カイテル)に追われた少女アイリス(ジョディ・フォスター)がトラヴィスの車に逃げ込んできた。彼女は13歳の売春婦だった。別の日、トラヴィスは闇ルートから複数の拳銃を手にいれるのだが...。
オープニング、バーナード・ハーマン作曲のメイン・タイトルが重厚に流れてくる。ニューヨーク名物の白い蒸気の煙がマンホールの蓋から噴き出る中を、黄色いタクシーが、巨大なボディラインを見せつけるかのように姿を現す。この出だしは強烈な印象で、これから展開するストーリーに期待感を煽り立てる。
主人公をベトナム帰還兵に設定した意図を理解したデ・ニーロが、異常な精神状態を巧みに演じ、彼の多芸多才ぶりを際立たせている。モヒカン刈りのデ・ニーロ、33歳の若さがなせる業だった。
又、まだあどけないジョディ・フォスターが13歳の少女娼婦を演じてアカデミー助演女優賞にノミネートされた。
スコセッシ監督もタクシーの乗客役で出演している。
「ラスト・シューティスト」 監督:ドン・シーゲル
西部劇の神話的スターであるジョン・ウェインの遺作。
‘西部劇’ というジャンルそのものに対する愛情と挽歌をも奏でた70年代の名作である。


1901年、ネバダ州カーソン・シティ。西部に名高い老ガンマンJ・B・ブックス(ジョン・ウェイン)は、親友のホステトラー医師(ジェームス・スチュワート)から、ガンで余命いくばくもないと宣告される。最後の日々をロジャース夫人(ローレン・バコール)の下宿で静かに過ごそうとするが、ブックスの噂は町中に広がる。しかも夫人の息子ギロム(ロン・ハワード)も彼を英雄のように見ている。保安官のティビドー(ハリー・モーガン)はブックスに対し、血気盛んな奴が大勢いるから、早く町を出たほうがいいと忠告した。やがて、ブックスを負かして名を上げようと、若い殺し屋ガンマンが襲ってくるのだが...。
この映画の醍醐味は、何よりも実像と重ね合わせた、ウェインとゆかりの深い俳優たちの配役の妙である。
アメリカの良心と謳われたジェームス・スチュワートは実生活でもウェインと親交が深く、最後の日々を潔く完結しようとするガンマンを温かく見守る医師を味わい深く演じている。
名花ローレン・バコールは慈しみに満ちた名演で、今までにない優しい母性を感じさせる。
そしてウェインの西部劇で馴染み深い個性派、ジョン・キャラダインや、ウェイン一家の番頭的な存在のリチャード・ブーンが脇を固めている。
さらに若き才能を代表して、後に監督となるロン・ハワードが、敬愛をこめて老ガンマンの最後を見届ける若者を見事に演じている。
古き良き時代の男として、俳優として、ジョン・ウェインは永遠に映画ファン、西部劇ファンの心から消えることはない。
「ネットワーク」 監督:シドニー・ルメット
マスコミの最先端、テレビ業界の表裏にうごめく人間の欲望を赤裸々に描いた人間ドラマ。


UBSネットワークのニュース・キャスター、ビール(ピーター・フィンチ)は、他のキャスター達に人気を奪われてノイローゼになっていた。彼は生放送中に自殺を予告し、それが評判になって視聴率が好転する。ニュース部門責任者で報道部長のマックス(ウィリアム・ホールデン)は、ビールを引退させようとするが、女性重役のプロデューサーのダイアナ(フェイ・ダナウェイ)は、ビールの異常さをさらに利用して視聴率アップを目論み、一大センセーションを巻き起こしていくのだが...。
アメリカン・ドリームの歪んだかたちが描かれている風で、テレビドラマの黄金時代といわれた1950年代に数々の傑作をものにしたバディ・チャイエフスキーが脚本を執筆、古巣のテレビ界の変貌を冷徹な目で捉えている。<いまの日本のテレビ界にもあてはまる部分が無きにしもあらず>
世の中何でもそうだが、やりすぎは不幸をみるし、物事には限度というものがある。
本編では女重役ダイアナの手腕によって、前述の「ビール・ショー」が大ヒット、48%という驚異的な視聴率を獲得する。だが、ビールがUBSの親会社を非難したため、あっという間に奈落の底に落とされるのである。
視聴率挽回のために生放送中に自殺を予告するアンカーマン役で、迫真の演技を披露したピーター・フィンチがアカデミー主演男優賞を受賞。(本作翌年の77年1月に心臓麻痺で世を去っている)
視聴率アップのためには身体も投げだし、人間性をも踏みにじる敏腕プロデューサーを演じたフェイ・ダナウェイが、同・主演女優賞を受賞している。
「大統領の陰謀」 監督:アラン・J・パクラ
ウォーターゲート事件の真相究明のために、命をかけた追跡調査をした2人の若き新聞記者の姿を描いた社会派サスペンス。


1972年6月17日、ワシントンのウォーターゲート・ビルにある民主党全国委員会本部に、5人の男たちが侵入し逮捕された。彼らは盗聴器を仕掛けるために入り込んだが、共和党の狂信者による単独犯行として片づけられる。「ワシントン・ポスト」紙の若い記者バーンスタイン(ダスティン・ホフマン)とウッドワード(ロバート・レッドフォード)は、事件の背後に何者かの陰謀を感じ取り、追跡調査を始める。バーンスタインは現場に行った記者たちのメモをコピーし、ハワード局長(マーチン・バルサム)や編集主幹のブラッドリー(ジェイスン・ロバーズ)に、詳細を調べる旨を伝えた。更にバーンスタインは、ウォーターゲート・ビルに関係するあらゆる人物に、片っ端から電話をかけ始めるのだが...。
映画の冒頭、いきなり銃弾が撃ち込まれる感じで、1972年6月17日という文字が刻印される。そしてニクソン大統領が満面の笑みで下院の本会議場に姿を現し、多くの聴衆が拍手で出迎える中、議場に集まった人々やTVを通じて国民に対し、演説が行われる...そのフィルムが流れる。
...一旦暗幕となり、その後、クレジットの一部が流れ、ウォーターゲート・ビル侵入のシーンとなるのである。
ロバート・レッドフォードは語っている。 ‘政治的な要素とともにジャーナリズムの緻密なやり方にも興味があった’ そして彼は本作の出演に備え、ワシントン・ポスト紙の編集室で長い時間を過ごし、雰囲気を研究した。
ワーナー・ブラザースの撮影所内に編集室のセットが作られた際は、ゴミまでも本物そっくりに作られていたという。
ジャック・ウォーデン、ハル・ホルブルック、ネッド・ビーティ、ジェーン・アレキサンダー、F・マーリー・エイブラハムといった個性俳優が脇を固めている。
「オーメン」 監督:リチャード・ドナー
「ヨハネの黙示録」にあるハルマゲドンにヒントを得て製作されたオカルト映画。
‘オーメン’ とは、不吉な前兆という意味らしい。


外交官のロバート(グレゴリー・ペック)は、待望の子供が死産に終わってしまったため、妻のキャサリン(リー・レミック)に内緒で、同じ時刻6月6日午前6時に生まれた他人の子を、我が子として育てることにした。だが、その子ダミアンの5歳の誕生日から、ロバートの周辺では不可解な出来事が続発する。ダミアンの乳母の首つり自殺、神父が落雷に遭った教会の避雷針が宙を飛んだ後に突き刺さって死亡、ダミアンが行った動物園では、ヒヒが逃げ出した。ダミアンの頭に悪魔の数字666を発見したロバートは、悪魔祓いをしようとするのだが....
「エクソシスト」(73年)以来、オカルト映画がブームになったが、それに拍車をかけたのが本作で、オスカーを得たジェリー・ゴールドスミスの音楽が、怪奇なムードを盛り上げている。
傍役だが、家政婦を演じたビリー・ホワイトローが強い印象を残しているほか、ジャック・パランスの娘ホリー・パランスが出演(本作デビュー)している。
78年「オーメン2 ダミアン」、81年「オーメン 最後の闘争」が続編として製作された。
「がんばれ!ベアーズ」 監督:マイケル・リッチー
落ちこぼれたちが寄せ集められた弱小少年野球チームが、努力を積み重ねて次第に勝ち進んでいく姿を描いたスポーツ・コメディ。


元マイナー・リーグの投手で、今はアル中のプール掃除人であるバターメイカー(ウォルター・マッソー)は、弱小野球チーム・ベアーズのコーチに就任した。第1戦で、ロイ・ターナー(ヴィック・モロー)率いるリーグ最強のヤンキースに、ワンアウトも取れず、初回表に26点も取られ、そのまま放棄試合にして惨敗した。チームを運営する市議会は解散を命じるが、野球に情熱を傾けるバターメーカーは、以前からピッチングを教えている元恋人の娘アマンダ(テイタム・オニール)をチームに参加させ、不良少年のケリー(ジャッキー・アール・ヘイリー)もスカウトしてチームを強化していく。
弱小チーム・ベアーズの練習を見たバターメイカーの落胆ぶりがよく分かる。
ピッチャーは強度の近眼、キャッチャーは90キロはあろうかという肥満児で、いつもチョコを食べている。他の選手もこぞって、まったく野球センスのない子供ばかり。
ところが、アマンダとケリーが入っただけで、みるみるうちにチームが変貌していく。
シナリオも素晴らしく、大人が観ても十二分に楽しめる作品となっている。
全編に流れるビゼー作曲の「カルメン」も印象的だ。
1976年の作品は話題作、ヒット作に恵まれている。
上述の7作品以外では、ダスティン・ホフマン主演の「マラソンマン」、シシー・スペイセク主演の「キャリー」、チャールトン・ヘストンやヘンリー・フォンダ、三船敏郎らが出演した「ミッドウェイ」、トルーマン・カポーティが出演した「名探偵登場」、クリント・イーストウッドの「アウトロー」、クリストファー・ジョージ主演の「グリズリー」などがある。