法廷映画の傑作に迫る その②
...「ご覧になっていない方のために、決して結末を口外しないでください」...
これは本編エンド・クレジットに登場するナレーションである。
「情婦」(1957年・米国、モノクロ、116分) 監督:ビリー・ワイルダー
アガサ・クリスティが、自作の短編小説を自ら脚色した戯曲「検察側の証人」を映画化、二重三重のどんでん返し、意表を突く結末は法廷映画の傑作として永遠に色褪せることはない。
心臓発作の病が癒えたロンドン法曹界の長老弁護士ウィルフリッド卿(チャールズ・ロートン)は、口うるさい看護師ミス・プリムソル(エルザ・ランチェスター)に付き添われて仕事に復帰した。そこへ事務弁護士のメイヒュー(ヘンリー・ダニエル)が依頼人のヴォール(タイロン・パワー)という男を連れてやって来た。ヴォールは裕福な未亡人フレンチ(ノーマ・ヴァーデン)を殺害した容疑をかけられているというが、感じのよい快活な青年で、容疑を完全に否定している。事件当夜、彼は 未亡人と夕食を共にしており、アリバイを証明できるのはヴォールの妻のみという圧倒的に不利な状況だった。更に、未亡人が8万ポンドもの遺産をヴォールに譲る遺言状を残していたことが判明し、これが動機とみなされてヴォールは逮捕されてしまう。その後、ヴォールの妻クリスティーネ(マレーネ・ディートリッヒ)がウィルフリッドの事務所を訪れたが、妙に冷静で、夫に愛情も感謝も感じていないかのような態度をみせる。そして裁判が始まった...。
スリリングなやりとりで展開される法廷シーンに釘付けになる。
語り口に定評のあるビリー・ワイルダー監督自身が、映画用に脚色し直したことで、登場人物に対する人間洞察の深みが感じられる。
なかでもマレーネ・ディートリッヒの圧倒的な存在感は別格だ。
その世紀末的な退廃美、におい立つような色気は、出演時56歳とは思えない。
彼女を語るとき、数々の名作・名シーンが脳裏をよぎる。「嘆きの天使」(30年)における挑発的な姿態とハスキーな歌声、「モロッコ」(30年)のキャバレーの歌姫、「間諜X27」(31年)の女スパイ、「上海特急」(32年)の高級娼婦、等など。
本作のクリスティーネ役は、セリフの一言一句を発するときの表情が微妙に変化しているようで、それを見逃さないことも、映画の愉しみのひとつになるかもしれない。
被疑者レナード・ヴォールを演じたタイロン・パワーは、本作公開の翌年、44歳の若さで世を去っている(心臓麻痺)。デビュー後は端正な二枚目で人気を博し、「マリー・アントアネットの生涯」(38年)、「剃刀の刃」(46年)、「愛情物語」(56年)、「陽はまた昇る」(57年)などで強い印象を残した。
ウィルフリッド卿を演じたチャールズ・ロートンの演技も見事で、被告人の妻の優柔不断な態度に挑発され、確たる強い意思をもって弁護を引き受ける姿は人間味にあふれている。
彼の代表作といえば、「ノートルダムのせむし男」(39年)における鐘楼守カジモドが思い起こされる。名優であり、怪奇俳優であるロートンの代表作だ。
本作「情婦」では、看護師役のエルザ・ランチェスターと息の合った名コンビぶりを発揮、プライベートではおしどり夫婦として知られていた。
因みにアカデミー賞では、チャールズ・ロートンが主演男優賞ノミネート、エルザ・ランチェスターが助演女優賞にノミネートされた。
法廷映画では、無罪か有罪かの判決だけに焦点が当てられがちだが、本作の場合、そこに至る過程の描写も興味深い。そして練り上げられた構成に唸らされるのだ。
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投稿を表示趣味は洋画さん、ご活躍ですね。
本作を最初に観たのは確か中学生の頃、日曜洋画劇場だったと思います。「検察側の証人」は本作以外にも何度か映画化、ドラマ化されたことがあり、それだけ傑作の評価が高い作品なんでしょうね。
以前に淀川長治さんがひどい邦題だと仰っていましたが、その迷題が今では定着してますよね。その題でも傑作ゆえ残ったということでしょう。当時は配給会社が「検察側の証人」では受けないと思ったのかもしれません。
本作は監督、主要な俳優、脚本、どれをとっても一流の映画です。再見するとまた発見があるかもしれません。
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失礼しました。
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