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私の好きな映画

桃田享造
2023/11/28 10:16

誰も気づいてくれないフランスのめっちゃ面白い『殺し屋とセールスマン』

 

 日本で海外のコメディがヒットする確率は極めて低く、配給会社はかなりハイレベルな事業予測を立てなければならない。にもかかわらず、なぜかしら映画マニアにはコメディファンが多いのである。先輩映画ファンの中には必ずマルクス兄弟に詳しい人がいるし、ビリー・ワイルダーが好きな人が多い。わたしの少し上の先輩ファンにはチーチ&チョンやサタデー・ナイト・ライブ系、モンティ・パイソンなどが好きで、マニアックなトークが好物。わたしは『裸の銃を持つ男』シリーズや、ピーウィー・ハーマンの『大冒険』と『空飛ぶサーカス』、ウディ・アレンの初期作品の『泥棒野郎』とか『スリーパー』、80年代90年代の能天気なパロディ映画なんかも好きだった。モンティ・パイソンやメル・ブルックスを語れる同級生は尊敬に値した。とはいえ、笑いのセンスは人それぞれなので何か良しあしの基準があるわけではない。

 そういえば長いことコメディ映画を観ていない。最後にコメディとして認識して、選んで観たのはたぶん復刻シネマライブラリーの仕事をしている時に観た『殺し屋とセールスマン』だったはず。これがまあ、とにかく良く出来た話でめっちゃ面白い。それなのに誰も知らないし、気づいてくれない。それもそのはず、NHK衛星第2で放送されただけの作品なのだ。

なんでこうなるねんの連続

 まずは、復刻シネマライブラリー時代に私自身が書いたあらすじを辿ってみよう。

 

 一匹狼の殺し屋ミラン(L・ヴァンチュラ)は、政治事件の重要参考人ランドニという男を消すため、裁判所の向かいにあるホテルの5階を借りる。その隣の部屋にはワイシャツのセールスマンのピニョン(J・ブレル)がいた。実はピニョンは愛する妻に出て行かれ、絶望のあまり今まさに自殺するところだった。だが、首を吊るために良く見もせず紐をかけたのが細い水道管だったために、折って破裂させて自殺は失敗。それどころか部屋中を水浸しにしてしまう。

 隣の部屋の異変に気づいたミランは、ホテルのボーイを呼んで調べさせるが、隣の男がどうも自殺未遂をしたらしいと知る。そうなると警察沙汰になってここに警官が来てしまう。その事態を避けるため、自分に任せろと言ってボーイを帰す。

 そうこうするうちにランドニが裁判所にやってくる。急がなくてはならない。ミランはピニョンの話を聞いてやり、車を飛ばして妻の元へ送り届けて追い払うつもりでいた。ところが、運悪く臨月の妊婦を乗せた車と接触事故を起こしてしまう。そこへ白バイが現れ、絶体絶命のピンチにさらされる。ここから「ピンチ」→「変な解決」→「ピンチ」→「ぎりぎりセーフ」→「ピンチ」→「やけくそセーフ」みたいに綱渡り展開が続いて大団円を迎える。

 分類としては三谷幸喜的なシチュエーション・コメディに入るのだろうが、安物の映画にありがちな変な音楽もかからないし、リノ・ヴァンチュラに至っては終始逼迫した顔つきでシリアスそのもの(だが、1か所突出して、あの強面のリノ・ヴァンチュラにしてめっちゃ面白い場面がある)。コメディ映画と書くから売れないのかもしれないが、だからと言って犯罪ドラマとも言えないし、人間ドラマにしてはアホ過ぎる。またしても高度な作品紹介が求められるのである。

 近い感じの作品を並べると伝わるかもしれない。

 『パートナーズ』は女過ぎマッチョ刑事のライアン・オニールが、自身はゲイを隠している警察事務方のジョン・ハートと偽のゲイカップルを組まされ、ゲイ・コミュニティに潜入し、ゲイ連続殺人事件を捜査するという話。これも至って真面目な展開だが、ジョン・ハートのゲイ役が実に達者で、彼の存在によってライアン・オニールが迷惑をこうむる構造となって、そこがユーモラスに描かれる。

右、ジョン・ハートはこの後エイリアンに腹を食いちぎられる

 『ミッドナイト・ラン』は元警官のバウンティ・ハンター、デ・ニーロが、彼に捕らえられた横領犯の会計士チャールズ・グローディンをNYからLAまで連れて帰る話だが、グローディンとデ・ニーロの組み合わせも同じ。グローディンはマフィアの裏金を事前団体へ寄付するようないいやつ。

健気なやつは可愛い

 共通するのは、このような点である。

  ・2人は同じ方向を向いていない

  ・片方は問題のある相方のせいで、普段の調子が狂ってしまう

  ・でも相方は憎めないやつ 

 このパターンがいつ、どの映画や本で始まったのかは定かではないけれど、正反対の性格の二人が共同で行動することによる化学反応が映画の魅力になっている。とすれば『おかしな二人』あたりが元祖になるのだろうか。

 

 ところで、この映画の脚本を書いたのはフランシス・ヴェベールという人で、ハリウッドはこの人に大変お世話になっている(後述)。わたしは発掘良品時代ずっとこの人の作品を追いかけていた。

 『殺し屋とセールスマン』はヴェベールが舞台用に書き下ろした脚本で、後にいくつもの作品でコンビを組むことになるエドゥアール・モリナロが監督。ちなみにやらなくて良かった仕事なのに、晩年のビリー・ワイルダー監督が引き受けてリメイクした『新・おかしな二人/バディ・バディ』は、ジャック・レモンとウォルター・マッソーに加えてクラウス・キンスキーというキャストにも関わらず評判は芳しくなく、ワイルダーの遺作になってしまった。

 その次が『Mr.レディ Mr.マダム』で、これは別の人の舞台劇を映画用にヴェベールが脚色した。そして本作も『バードケージ』としてハリウッドにリメイクされる。(これはそれなりに良かった)

ゲイ達者でないとゲイ役はできない

 ちなみに続編の『Mr.レディ Mr.マダム2』はヴェベールが書き下ろしたオリジナル。こう書くと語弊があるが、おカマ(この表現が一番しっくりくる)ワールド全開。

借りるならどうせ見るから一緒に

 次が『メルシィ!人生』。発掘良品にも選定した本作は『殺し屋とセールスマン』の主人公がベースになっているが、登場人物の性格付けをアップデートしている。

観てなかったら損する部類

 これも人生に絶望した男が自殺を図ろうとするところから始まる。コンドームメーカーに20年勤務し、真面目だがごく普通の中年男、ダニエル・オートゥイユ扮するピニョン(名前のピニョン率100%)。妻子に見捨てられ、会社からリストラされることを聞かされる。絶望したピニョンが自宅から投身自殺を図ったところ、隣に住むベロン老人に助けられる。

 この老人のポジションは『殺し屋とセールスマン』では殺し屋にあたるが、今回は『パリピ孔明』の孔明、『ディーバ』のゴロディッシュ、『裸の銃を持つ男』でドノバン警部が事件のヒントをもらう靴磨き屋のような存在に変わる。ピニョンの哀れな事情を聞いたベロンは、秘策をピニョンに伝授する。

 次の日、会社にピニョンの写真が送られてくる。なんと男と愛し合っている姿だった。実はピニョンの偽カミングアウト。これを見た経営陣はピニョンを解雇すればゲイに対する差別という社会的な糾弾を受けることになる。その事態を怖れてピニョンのリストラを撤回、老人の作戦は見事に成功する。

 ところがゲイでもなんでもないピニョンに対して、周囲の見る目は一変してしまう。

 ピニョンを目の敵にして追い払おうと画策していた人事部長のサンティニ(ジェラール・ドパルデュー)は、「お前こそこれまでの発言からゲイ差別者としてクビにされるぞ」と友人に警告され、それが友人の冗談とも分らず、本音を隠してピニョンと親しくなろうと奮闘する。そしてその行動がもう想像がつくが、カミングアウトしたとたんにピニョンに親しげに近づくもう一人の隠れゲイと周囲がざわめき始める。 

 とにかくドパルデューも、オートゥイユも芸達者。フランス映画の面白さを堪能できるし、LGBTというテーマをアイロニカルに描き出しているところも優れた社会喜劇だと言える。

 この次もまた傑作の『奇人たちの晩餐会』。

いろんな感情ごちゃまぜスープ

  人気バラエティ『水曜日のダウンタウン』で、お笑いトリオ、パンサーの尾形貴弘がほぼ毎回何らかのドッキリに引っ掛かり、そうとも知らず死にもの狂いで罠から抜け出そうとする。前回観たのは、かなり深い落とし穴に落とされるが、何時間待ってもスタッフは誰も来ない。そのうちにその穴はずいぶん以前に作られたもので、自分はそこに迷い込んでしまい、誰も助けが来ない最悪の事態になってしまったと尾形は確信するという展開。ここから抜け出さないと家族にもう会えないかもしれない。尾形は決死の脱出劇に挑む。

 他にもさまざまな芸人がこの落とし穴にハマり、逃げ出そうとするも途中で断念し、次々にギブアップ。だが、尾形はたった一人、ばかばかしくも涙ぐましい挑戦を続ける。

 スタジオにいる人たちも、お茶の間のわたしたちもみなバカにしつつ、笑いながらこれを見る。言ってみれば「奇人たちの晩餐会」と似たような構造になっている。つまり、この映画の中で起こっていることは、現実にわたしたちもやっているのだ。

 出版社社長のセレブでプレイボーイのピエールは友人たちとのディナーをいつも楽しんでいる。このディナーというのは、実は仲間内で「奇人たちとの晩餐会」と呼んでいた。毎回メンバーがこれはと思うバカのゲストを一人ずつ連れてきて、その奇人ぶりを皆で笑うという悪趣味なもの。もちろん当のゲストには内緒で。

 今回ピエールが選んだゲストは、税務局に勤めるピニョン(名前ピニョン率100%)。彼はマッチ棒でチマチマ模型を作るのに熱中している変人。ピエールはふとした偶然で知り合い、コイツはいいぞと晩餐会へ誘う。ところがその準備に入る前にぎっくり腰になって動けなくなる。そこからピニョンがまるでMr.ビーンのようにやらなくて良いことをやりまくり、間違えるはずのないものを間違えまくり、単純な話を複雑に変えてしまう。

邦画でリメイクするならピニョン役は芋洗坂係長

 これもハリウッドはリメイクした。わたしは観てないが、誰も話題にしないので観なくてもいいのかもしれない。

 ハリウッドはネタ切れの時は、本当にフランシス・ヴェベールにお世話になっている(ニック・ノルティ主演の『3人の逃亡者』もオリジナルはヴェベール)。ヴェベールの作中人物はどこか憎めないところがあり、人物同士の関係が濃密で、かつ予測不可能な方へ動き出すと加速度的に面白くなっていくストーリーテリングが絶品。設定がいいので、低予算の人物劇として作りやすいのかもしれない。ただ、ハリウッドはなかなかオリジナルの持つエスプリやニュアンスをくみ取れないので、ただのおもしろおかしな人間ドラマになってしまうことが多い。

 『奇人たちの晩餐会』はその後舞台劇にもなり、語り継ぐべき喜劇であることが証明された。

 人を笑いものにする、というのは悪趣味もいいところだが、わたし自身、若いころに散々やってきたことでもある。それも隠れて。この映画は、その秘匿の暴露によって喜劇が一転し、剥き出しの人間性が放り出されるところが圧巻である。わたしは、それを追体験する。ピニョンをバカにし、苛立ち、笑い、怒り、そして最後にはピニョンの言葉に涙すら浮かんでしまう。

 映画にはこんな、感情ごちゃまぜの作品に巡り合うことがある。そういうのは記憶に残るんだよねえ。でも誰も気づいちゃくれないのである。 

 

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1 件の返信 (新着順)
椿五十郎 バッジ画像
2023/11/29 21:19

『MrレディMrマダム』『メルシィ人生』『奇人たちの晩餐会』
大好物です!全部同じ脚本家だったんですね。
『奇人たちの~』は一度見て面白かったので、レンタルしてかみさんにみせたら「くどい!」と一蹴されてしまいました😿
ご紹介の『殺し屋とセールスマン』観てみたいです。


桃田享造
2023/11/30 07:49

リノ・ヴァンチュラがホントに笑える場面が1箇所あるので見逃さないでくださいね!!