東宝俳優録15 桜井浩子/南 弘子
東宝ニューフェイスは60年の15期を最後に、翌61年からはオール東宝ニュー・タレントという呼称に変わっており、その第1期生として入社したのが藤山陽子、中川ゆき、丸山謙一郎、そして桜井浩子などである。

桜井浩子は46年生まれ。小学生の頃から児童劇団に所属しており、小学六年だった57年には東映の「船頭姉妹」「逢いたいなァあの人に」の二作に共に主演した中村雅子の少女時代に扮して映画初出演している。
中学二年の59年、東宝と東和がアラン・ドロン主演の「お嬢さん、お手やわらかに!」公開記念にジャクリーヌ・ササールに似た人を募集したところ、本人が知らぬ間に友人が応募。一位にはならなかったが、東宝からは「芸能界に入る時はぜひ」と誘われ、61年の中学卒業と同時に前述の東宝ニュー・タレント1期生として入社したのであった。3月生まれということもあり15歳になったばかりであった。
同年、加山雄三主演の「紅の海」で東宝映画デビュー。後に「ウルトラQ」で共演することになる田島義文、加藤春哉も出演していた。

東宝は桜井と中川ゆき、そして翌62年入社の南弘子と当時16~17歳だった三人を「スリー・チャッピーズ」として売り出すが、桜井は「高校生と女教師・非常の青春」(62年)でのヒロインである南弘子の友人役以外はあまり役に恵まれなかった。ちなみに本作では、峰岸徹が峰健二の芸名で映画デビューしている。
やはり彼女が注目されるようになったのは「ウルトラQ」(66年)からである。撮影自体は64年スタートだったということで、まだ17歳だったわけだが、子供だった自分にはそれなりに大人に見えた。桜井は撮影の初日、緊張から寝付けず遅刻してしまったという。しかし監督の梶田興治は怒ることなく、やさしく迎えてくれたという。

そして、続けて出演した「ウルトラマン」(67年)で、完全にお茶の間の人気者なったのはここで書くまでもないだろう。
「カモとネギ」(68年)を最後に東宝を離れ、フリーとなりテレビドラマを中心に活動していく。アクションドラマ、刑事ドラマなどでは悪女役が多い。
そんな彼女も80年代後半から13年(本人談)活動休止状態になっていた時期があったようだ。ウルトラブームの再燃により、再びスポットが当たったわけだが、そんなに長く休止期間があったイメージはない。

南弘子は46年生まれで、本名は山崎博子という。62年、16歳で東宝ニュータレント2期生として東宝に入社している。平行して高校にも通っていたようである。同世代の桜井浩子、中川ゆきと共にスリー・チャッピーズとして売り出された。
デビュー作は「青べか物語」(62年)で、13歳の役であった。続く「非情の清春・高校生と女教師」では、勝呂誉の相手役で準主演。桜井浩子、峰健二こと峰岸徹も準主演級で出演している。

スリーチャッピーズとして売り出されたとは言うものの、三人そろって出演している映画は「お姐ちゃん三代記」(63年)くらいなのである。団令子、中島そのみ、重山規子のお姐ちゃんトリオは有名だが、彼女らの後を継ぐべき存在が南、桜井、中川のスリー・チャッピーズということだったのだろう。ちなみに初代として出演しているのが、草笛光子、扇千景、越路吹雪の歌劇団トリオとでもいうのだろうか(越路・扇は宝塚、草笛はSKD)、一同が顔を揃えている。しかし、越路(24年生)を除けば、初代と二代目に年齢差はほとんどない(草笛、扇、重山が33年生まれで、団、中島は35年生まれ)。
これを最後に、スリー・チャッピーズの映画での共演はなく、南に関しては64~65年にかけて映画の出演記録がない。テレビへの出演記録もほとんどないので、学業に専念していた可能性もある。桜井も65年頃からテレビ中心の活動となっていったため、スリーチャピーズは自然消滅といった感じであろうか。
南も60年代後半はテレビが活動の中心となっており、東宝の俳優陣が毎回ゲスト出演する「太陽のあいつ」(67年)にレギュラー出演。桜井も一度ゲストで出演している。

しかし、レギュラー出演と言えば何といっても「素浪人花山大吉」(69~70年)であろう。近衛十四郎と品川隆二のコンビで有名な番組だが、南も79話からレギュラー入りしているのである。何故彼女だったかは不明だが、糖尿病が悪化していた近衛の出番を減らすための措置だったらしい。
70年は、他のドラマにもゲストで顔を出したりしているが、放送期間から考えると「花山大吉」を最後に芸能界を引退したようである。
その後、どうしていたのかは不明だが、2003年に57歳の若さで亡くなったという。