発掘良品は『ジャガーノート』から始まった
「お前らみたいな映画通なら知ってる面白いDVDを集めた棚を作れ」
2010年2月、当時の本部長にわたしは呼ばれ、こう言われた。
「俺たちは知らないけど、お前らみたいな映画通なら知ってる面白いDVDを集めた棚を作ってくれ」
「お前らみたいな(ボンクラ)」、わたしは思った。確かに映画通には知られていても、普通の人はあまり耳にしない面白い作品はたくさんある。『スターウォーズ』や『スタートレック』は知られていても『ギャラクシー★クエスト』を知っている人は非常に少ない。しかも鑑賞してその面白さを堪能した人はもっと少ない。クラシック映画でも、最近の若い世代の人たちは『第三の男』すら、もう観ていないだろう。ということは『情婦』や『狩人の夜』や『眼には眼を』というような(その当時)埋もれゆく映画に接する機会はほぼゼロに等しい。
実はこの時、すでに開店準備に入っていた肝いりの「代官山蔦屋書店」に、映画担当としてわたしは人事異動が確定する寸前だった。本部長はそれを蹴飛ばしてこのプロジェクトの責任者にわたしを据えてくれたのだった。(だが後に代官山も兼務し、人生で最もヘトヘトになる2年間を過ごすハメになる)
ただ、こういう場合、本部長の脳内優先順位の最も高い位置にこのプロジェクトがあるので、2月の時点にもかかわらず、仕事がどんどん降ってくる。わたしは直営店でテストをする準備と、社内外の映画通を探し始めた。
90年代に直営店のビデオの仕入れ担当だった経験則から、わたしの頭の中にはゴールイメージが出来上がっていた。よくお店で「おすすめコーナー」として「1タイトル1本ずつ」DVDを20タイトルほど並べているショップを見かけるが、この方法は残念ながらあまり効果がない。映画好きなスタッフがいるお店という好印象は受けるが、肝心の売上向上効果は小さい。DVDの枚数を映画館に例えると、どの映画も客席が1席しかないのと同じだ。わたしはこのようなやり方をしない。わたしはまったく別のやり方を考えていた。
この企画、直営店の実験段階では「TSUTAYA特選売場」、略してツタトクとネーミングされていたが、ある日、本部長が「発掘良品にしよう、桃田どう?」と会議で言った。
「ええっ、無印良品さんに怒られませんか?真似すんなって」
直営店で先行しながら、わたしは社内外の映画通に声をかけ、4万件の過去にパッケージになった洋画データベースに面白さの格付けをしてもらった。そうすると、出来上がったデータは在庫数も紐づいているので、「面白いのに在庫が少ない映画」や「面白いのに今廃盤の映画」が可視化できる。
わたしは企画書に「『ゴッドファーザー』や『スターウォーズ』を並べてお薦めするのではない」と明記した。そういった名作の在庫は十分ある。無いのは映画通だけが知っている通好みのマニアックな作品やカルトな人気のある名作だ。有名作でも、例えば当時販売専用でレンタル用が流通していなかった『バグダッド・カフェ』や『ヒート』、廃盤だった『戦場のメリークリスマス』などはこの企画のタイミングで仕入れることにした。いわゆる「あって当然」の名作。
わたしは基本方針をまとめた。
1.誰でも知っている名作ではなく知る人ぞ知る面白映画
2.販売専用や廃盤のレンタル化
3.在庫の乏しい名作
ひとことで言うと「New Standard」。新しいスタンダードを生み出す意気込みだった。
もうひとつ大事なことを思っていた。映画というものは「いかがわしさ」に魅力があるということだ。清廉潔白な名作ばかりを集めても面白くない。発掘良品はいかがわしさの中に面白味を見出すのである。だからB級映画も批評家の評価が低い作品も並べるつもりでいた。(が、失敗もあった)
同じ時期に『午前10時の映画祭』がスタートしていた。こちらは誰でも知っている名作を上映するという企画で、コンセプトが真反対。しかし、励みになった。たぶん、先輩世代の人がやっているはず。その人の耳にTSUTAYAがこんなことを始めたらしいと伝わりますように。
さて、直営店でのテスト結果は満足行くもので、全国に拡大するには十分説得力あるデータが取れた。新年度になり、4人の若い社員たち(わたしと20歳くらい離れていた)を迎えたチームもできた。彼らは映画が好き、もしくは興味があるという共通点はあるけれど、当然、わたしとの間には映画の知識量の大きなGAPがあった。だがわたしはまったく気にしなかった。むしろわたしがノーマークだった『ディナー・ラッシュ』や『女はみんな生きている』『マルタのやさしい刺繍』『コーチ・カーター』など、まさに新しい時代の「New Standard」を提案してくれた。『マルタの優しい刺繍』は旧作にもかかわらず新作の回転率を抜くほどに借りられた。
幅広い年代に共感してもらえるラインナップを定着できたのは若い優れたメンバーのおかげに他ならない。わたしにもたくさんの新しい映画を教えてくれた。(実を言うと2010年までの10年間の映画は仕事が忙しすぎてあまり観ていなかった)この頃からわたしは自分より若い世代の映画ファンのことが大好きになった。映画を好きになってくれてありがとう。
いよいよ全国スタートの7月を目前にし、第一弾のラインナップを固める時がきた。いくつかのテーマ性にそった3作品ずつのカップリング企画と、メインの1作品という編成を決めた。言い換えたらテーマ型投資信託をいくつかと、1銘柄のみ株式に分散投資する的な。その銘柄は2月から繰り返し企画書の中で、代表的な作品として取り上げてきた『ジャガーノート』。
「ジャガーノート」を検索するとウィキペディアにはこのように書かれている。(以下引用)
ジャガーノート、ジャガナート (juggernaut) は、止めることのできない巨大な力、圧倒的破壊力の意味を持つ単語。
1200人を乗せた豪華客船ブリタニック号の船会社に脅迫電話がかかる。声の主は「ジャガーノート」と名乗り、このように脅迫する。「船にメガドン級の時限爆弾を仕掛けた、その解除方法を知りたければ身代金を払え。嘘ではない証拠に小さめの爆弾を今から起動する」すると甲板で2つの爆発が起こる。ジャケットの爆発がこの場面。CGではない。本当に危ない。
船会社の重役(イアン・ホルム)はすぐにスコットランドヤードの警部(アンソニー・ホプキンス)に連絡する。地上では犯人の手がかりを捜査、海上では嵐の中、爆弾処理のプロフェッショナルたち(リチャード・ハリスとデヴィッド・ヘミングス)がヘリコプターで運ばれ、乗り込む。冷静沈着な船長(オマー・シャリフ)と協力し、鼻歌を歌いながら爆弾の起動装置を1つずつ解除していく・・・。
『ジャガーノート』は20世紀フォックスから発売されていたが、セル専用だった。企画趣旨を説明するとありがたいことに話に乗ってくれた。これでメインのイチオシが決まった。販促部は予算をふんだんに使い、一面の新聞広告を打ってくれた。「面白くなければ返金します」というキャンペーンもインパクトがあった。
止めることのできない大きな力。わたしはブリタニック号に乗って意気揚々と出航した。
この結果は8月に一か月目の報告として発表することになる。どんなお客さんの反応、お店からのレスポンスが待っているのか、この時点ではわたしはまだわからなかった。