取材・イベント

かこ
2025/05/12 20:09

カメラの向こうにある真実

【映画レビュー】
報道写真家『リー・ミラー』が映す
報道の倫理とその覚悟
 

写真を撮る行為は、一瞬を永遠に変える力を持っている。しかし、その一瞬はただの映像ではない。フォトジャーナリズムにおいては、その背景に倫理、責任、そして深い人間的な覚悟が問われる。
 

2025年5月9日公開
映画『リー・ミラー 彼女の瞳が映す世界』は、報道の本質に鋭く迫る作品である。
リー・ミラーは戦時下でカメラを手に取り、世界の「見たくない現実」を記録し続けた実在のフォトジャーナリストだ。
彼女がカメラのレンズ越しに見たものは、戦争という極限状況にさらされた人間の姿だった。
 

主演はケイト・ウィンスレット
監督は、『エターナル・サンシャイン』などの撮影監督を務めた経験もあるエレン・クラス。本作が長編映画初監督となる
今回オンライン試写で鑑賞させて頂きました。

(c)BROUHAHA LEE LIMITED 2023

監督:エレン・クラス
出演:ケイト・ウィンスレット
             アンディ・サムバーグ
             アレクサンダー・スカルスガルド
             マリオン・コティヤール
             ジョシュ・オコナー
             アンドレア・ライズボロー
             ノエミ・メルラン
原題:Lee|イギリス|2023年|116分
 

あらすじ:
「傷にはいろいろある。見える傷だけじゃない」

1938年フランス。リー・ミラー(ケイト・ウィンスレット)は、芸術家や詩人の親友たちソランジュ・ダヤン(マリオン・コティヤール)やヌーシュ・エリュアール(ノエミ・メルラン)らと休暇を過ごしている時に芸術家でアートディーラーのローランド・ペンローズ(アレクサンダー・スカルスガルド)と出会い、瞬く間に恋に落ちる。だが、ほどなく第二次世界大戦の脅威が迫り、一夜にして日常生活のすべてが一変する。写真家としての仕事を得たリーは、アメリカ「LIFE」誌のフォトジャーナリスト兼編集者のデイヴィッド・シャーマン(アンディ・サムバーグ)と出会い、チームを組む。1945年従軍記者兼写真家としてブーヘンヴァルト強制収容所やダッハウ強制収容所など次々とスクープを掴み、ヒトラーが自死した日、ミュンヘンにあるヒトラーのアパートの浴室で戦争の終わりを伝える。だが、それらの光景は、リー自身の心にも深く焼きつき、戦後も長きに渡り彼女を苦しめることとなる。
 

『リー・ミラー 彼女の瞳が映す世界』公式より引用
 
 


世界を変えた戦争とメディアの責任


本作の舞台は第二次世界大戦、1939年に始まり1945年に終結した。ナチス・ドイツのポーランド侵攻をきっかけに始まり、ドイツ・日本・イタリアなどの枢軸国と、アメリカ・イギリス・ソ連などの連合国が世界各地で戦った大規模な戦争だ。ホロコーストや原爆投下など多くの悲劇を生み、推定7000万人以上が命を落とした人類史上最大の戦争とされている。

この戦争では、国家による情報操作やプロパガンダが行われたが、その一方で報道機関や従軍記者による現地取材が重要な役割を果たした。真実を伝える方法として、写真や映像は戦争の実態を可視化する力を持ち、世界に戦争の現実を突きつけた。メディアにはその責任を強く求められたのだ。

また男性の出征により、女性が家庭を守りながらも労働力として活躍するようになった。
その事が戦後の社会変革の基礎にもなり、
リー・ミラーのような女性ジャーナリストもその一例だろう。

(c)BROUHAHA LEE LIMITED 2023
(c)BROUHAHA LEE LIMITED 2023


 


戦場を見つめた女性の眼差し


ファッションモデルで脚光を浴び、超現実主義の芸術家たちのミューズでもあったリー・ミラーは、美しさと創造的な感性は注目された。
しかし、彼女の真の力はカメラマンへと転身し、戦場の記録者(後世に残すため)として生きた中年期に発揮される。
 

第二次世界大戦中、彼女は英国「VOGUE」誌の写真家としてヨーロッパ戦線を取材。
単に伝える人ではなく、目撃者(写真で証言するため)として現場に立ったのだ。報道写真家であっても女性であることを理由に制限されてしまう、それでも最前線に赴いた。
そして、ノルマンディー上陸作戦後のフランス、解放されたパリ、そしてナチスの強制収容所など、歴史の転換機に立ち会った。彼女が撮った写真には、飾られることのない生の真実が存在していた。
 

主演・製作総指揮を務めたケイト・ウィンスレットは、あえてリーの中年期に焦点を絞った脚本について、「彼女が戦争を撮ることでどう変わっていったのか。その本当の姿を見てほしかった」と語る。
撮られる側から撮る側へ、行動する報道者としてのリーの姿を描くこと。それがこの本作の真意なのだ。(これについては、カメラの向こうにある「自己改革」で記述している)
 

ここで撮影の裏話をすると、撮影開始まで資金が完全に集まらなかったにもかかわらず、ケイト・ウィンスレットは揺るがぬ決意でプロジェクトを進めたそうだ。
『エターナル・サンシャイン』で意気投合した旧知の監督エレン・クラスは、数年前にニューヨークの書店でリー・ミラーに関する本を2冊購入。そのうちの1冊を「あなたにそっくり」だとケイトに手渡した。更に数年後、今度はケイト自身が、リー・ミラーが所有していたアンティークのテーブルを購入することになる。それらがきっかけとなり、本作企画が立ち上がった。
 

また、ケイトは脚本・キャスティングにも自ら深く関与。マリオン・コティヤールら過去に共演した俳優たちを起用し、リーの息子アンソニー・ペンローズの協力を得て、貴重な資料を整えた。彼女の人脈と信頼、そして情熱が結集し、スクリーンに蘇ったのだ。

(c)BROUHAHA LEE LIMITED 2023
(c)BROUHAHA LEE LIMITED 2023


 


報道における「倫理」と「暴力」


戦場で写真を撮ることは、人々の「苦しみ」や「死」と向き合い、それを記録するという行為にほかならない。報道写真は真実を伝える力を持つが、同時に、それが写された人々の尊厳や痛みに無自覚なら、一種の暴力にもなり得る。

リー・ミラーが残した写真の中には、目を背けたくなるような光景もある。それでも彼女は撮ることを辞めなかった。
例えば、ダッハウ収容所で彼女が撮影した死体の山。その一枚一枚が、私たちに「これが現実なのだ」と訴えかけてくる。
そこには扇情的な演出も、見る者を操作しようとする意図もない。ただ、記録者としてのまっすぐで誠実なまなざしがある。
 

物事の本質を見極め、報道する側の意見を交えず、事実を歪めないこと、これが報道倫理ならばリーの写真は説得力がある。

(c)BROUHAHA LEE LIMITED 2023
(c)BROUHAHA LEE LIMITED 2023


 


カメラの向こうにある「自己改革」


リーの人生を通して浮かび上がるのは、
「自分を変える力となる報道」である。
彼女は常に、新しいものを見たい、知りたい、体験したいという欲求に突き動かされていた。
その結果、固定化された女性像、芸術家のミューズという、他者が与えた役割から自らを解放していった。
 

戦場を見たことで彼女の内面は大きく変化、
戦争を伝えることが、彼女にとっては同時に「生き直す」行為でもあった。カメラを持つことで、世界と、そして自身のトラウマに真正面から向き合うことができたのだ。
 

特に、過去のトラウマを重ねた写真には、男性ジャーナリストには簡単に届かない視点があるのではないだろうか。弱さと希望がミックスされたような、女性としての感受性と洞察力が宿っている。
このように彼女にとってプラスの面もあるが、全てを見たことで、戦後も彼女を苦しめ続けたことも事実だ。

(c)BROUHAHA LEE LIMITED 2023
(c)BROUHAHA LEE LIMITED 2023
(c)BROUHAHA LEE LIMITED 2023


 


「撮る」こと「見る」ことを問い直す


今の時代、誰もがスマートフォン一つで簡単に写真や映像を「撮る」ことができる。
同時にSNSやニュースを通じて膨大な情報を「見て」いる。しかし、その多くはただ流れていく消費される映像であり、そこに込められた痛みや真実への想像力は薄れがちだ。
 

『リー・ミラー 彼女の瞳が映す世界』は、
そうした現代において、報道の意味と「見る」という行為の重みを改めて考えさせてくれる。
リーの人生は、カメラの向こうにある人間の尊厳を写し出すとはどういうことかを、私達に問いかけてくる。

 

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2025年5⽉9⽇(⾦) TOHOシネマズシャンテほかROADSHOW

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© BROUHAHA LEE LIMITED2023

配給:カルチュア・パブリッシャーズ

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「リー・ミラー 彼⼥の瞳が映す世界」 
監督:エレン・クラス
製作:ケイト・ウィンスレット、ケイト・ソロモン
出演:ケイト・ウィンスレット、アンディ・サムバーグ、アレクサンダー・スカルスガルド、マリオン・コティヤー ル、ジョシュ・オコナー、アンドレア・ライズボロー、ノエミ・メルラン
配給:カルチュア・パブリッシャーズ
原題:LEE イギリス| 2023 | 116 分 |英語、フランス語 翻訳:松浦美奈
© BROUHAHA LEE LIMITED 2023


 


 

 

 

 

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