『オッペンハイマー』|悲願のオスカーへ
『オッペンハイマー』(2023年)
2024年、来たる3月10日(日本時間3月11日)。
映画の街ハリウッドのドルビー・シアターで開催される映画界最高峰の祭典。
そう、第96回アカデミー賞です。
ついにこの時が来ました。ようやく来ました。
私の「最推し」クリストファー・ノーラン監督。
彼が20年以上待ち望んだ悲願のオスカー、それがもう彼の手の届くところまで来ています。
昨年全世界で公開された最新作『オッペンハイマー』が彼をここまで引っぱって来ました。
人事は尽くしました。
あとは天命を待つのみです。
今回のアカデミー賞、注目作が目白押しです。
- 唯一無二の世界観で一人の女性の冒険と成長を強烈かつセンセーショナルに描いたヨルゴス・ランティモス監督の『哀れなるものたち』
- 巨匠マーティン・スコセッシ監督と名優レオナルド・ディカプリオが7度目のタッグを組み、アメリカ史の闇に迫った傑作『キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン』
- 日本からノミネートされた『君たちはどう生きるか』『ゴジラ-1.0』『PERFECT DAYS』
語りたい作品は山ほどあるんです。
でも、本作を差し置いて他の作品の見どころを紹介することはできません(『ゴジラ-1.0』は記事書いてしまいましたが笑)。
この記事では、最推し監督の本懐を成し遂げんとする本作『オッペンハイマー』への期待に極振りした内容でお送りします。
目次
1. 無冠の巨匠からの脱却、そして栄光へ
2. ロバート・オッペンハイマーとは
3. 日本公開に向けて
4. おわりに
1. 無冠の巨匠からの脱却、そして栄光へ
無冠の巨匠、ノーラン監督はしばしばこう呼称されます。
無冠の帝王や無冠の監督などバリエーションはありますが、いずれにしても「無冠」という枕詞で形容されることがままあります。
これまで数々の傑作を生み出してきたノーラン監督ですが、意外にも監督自身がメジャー賞レースで受賞したことはありませんでした。(技術、美術、音楽といったスタッフ部門では受賞しまくっています。)
「フィルムメーカーとして確固たる地位を築いているのにメジャー賞レースの受賞歴がない」
彼が「無冠」という枕詞で形容されてきた理由はここにあります。
メジャーの定義にもよりますが、各賞の状況は以下のとおりです。
【ゴールデン・グローブ賞】 【全米監督協会賞(DGAアワード)】 【英国アカデミー賞(BAFTAアワード)】 【全米製作者組合賞(PGAアワード)】 【米国アカデミー賞】 |
上記は全て「ノミネーション」です。
「受賞」は一つもありません。
『メメント』の全米公開は2000年なので、同作の脚本賞で初めて映画賞レースの仲間入りを果たしてから実に四半世紀弱。
その間、彼は受賞を目前で逃し続けてきたことになります。
一般相対性理論による時間のズレを土台に壮大な親子愛をドラマティックに描いた傑作『インターステラー』ですが、同作がノミネートすらしていないのは何とも驚きです。
私はこの状況がずっと不満でした。
「なぜ彼自身が受賞できてないのか」と。
そんな中、2023年に公開されたのが本作『オッペンハイマー』。
公開されるや否や、全世界で高い評価を受け、世界興行収入は9億5000万ドルを突破し、伝記映画史上最高の興収成績を叩き出しました。
また、数々の賞レースで受賞を果たすなど快進撃を続け、遂にはメジャー賞レースでも悲願の受賞を果たしました。
【ゴールデン・グローブ賞】 【全米監督協会賞(DGAアワード)】 【英国アカデミー賞(BAFTAアワード)】 【全米製作者組合賞(PGAアワード)】 【米国アカデミー賞】 |
「ゴールデン・グローブ賞の受賞で『無冠の巨匠』から脱却したノーラン監督が、自身のルーツである英国のアカデミー賞、そしてアカデミー賞前哨戦として名高いDGAアワード&PGAアワードで受賞を果たし、勢いそのままにオスカーも自らの手中に収める」
これが私が思い描く最高のストーリーです。
ノーラン監督にとってもこのような評価を得ることは本懐でしょう。
既報のとおり、第96回アカデミー賞では最多13部門ノミネートを果たしています。
1. 作品賞 2. 監督賞(クリストファー・ノーラン) 3. 主演男優賞(キリアン・マーフィ) 4. 助演女優賞(エミリー・ブラント) 5. 助演男優賞(ロバート・ダウニー・Jr) 6. 脚色賞(クリストファー・ノーラン) 7. 撮影賞(ホイテ・ヴァン・ホイテマ) 8. 衣装デザイン賞 9. メイクアップ&ヘアスタイリング賞 10. 美術賞 11. 音響賞 12. 編集賞(ジェニファー・レイム) 13. 作曲賞(ルドウィグ・ゴランソン) |
過去3年間は「PGAアワード劇場映画賞=アカデミー賞作品賞」という等式が成り立ちます。
DGAアワードも、うち2年分は「DGAアワード長編映画監督賞=アカデミー賞監督賞」の等式が成り立っています。
もしPGAアワード&DGAアワードを獲れば本気でオスカー作品賞&監督賞の2冠もあると見ています。
お願いします、彼に栄光を。
(2024年3月11日追記:
【第96回アカデミー賞受賞結果】
作品賞/監督賞/主演男優賞/助演男優賞/撮影賞/編集賞/作曲賞(最多7部門受賞)
思い描いていた最高のストーリーが実現しました。
日本からも2作品が受賞を果たしました。
もう何も言い残すことはありません。最高です。)
2. ロバート・オッペンハイマーとは
本作は、ロバート・オッペンハイマーの伝記映画です。
オッペンハイマーが何を成した人物なのかを軽くご紹介します。
(ネタバレではないですが、本作での展開の本筋と大差ないと思われるので、ネタバレが気になる方はご注意ください。)
彼は、もともと理論物理学者でした。
1939年には「On Continued Gravitational Contraction」という論文を発表し、世界で初めてブラックホールの存在を予想する提言を行うなど、業界で先駆的な功績を残すほどでした。
しかし、第二次世界大戦が始まり、米英加が極秘で進めていたマンハッタン計画に加わります。
そこでは、化学兵器開発チームの責任者として原子爆弾の開発を指揮し、1945年7月16日にニューメキシコ州で人類史上初の原爆実験(通称“トリニティ実験”)を成功させました。
そのため、彼は「原爆の父」とも呼ばれています。
本作ではトリニティ実験のシーンはCGなしで描かれているそうで、とてつもない映像体験になると予想されます。
ただ、ノーラン監督が語るように、本作は、マンハッタン計画やトリニティ実験そのものではなく、ロバート・オッペンハイマーの内省的な物語となっています。
彼は、国家は原子爆弾をあくまで抑止力として誇示するだけで実戦導入はしないだろうと考えていましたが、国家はこれを実戦で使用してしまいました。
そう、広島と長崎です。トリニティ実験のわずか21日後、24日後のことでした。
多くの命が犠牲となり、来年で戦後80年となる現在でもなお原爆被害の影響は色濃く残っています。
日本人の心に深い傷を残したこの忌まわしい出来事は、オッペンハイマーの心にも影を落としました。
その威力と人道的影響から、核兵器は人類の自滅を招くと考えた彼は、核軍縮を呼びかけ数々の活動を行いました。
米ソでは核兵器の開発競争が加速し、原子爆弾の100~1000倍の威力を持つ水素爆弾の開発も進められましたが、彼は水素爆弾の開発に反対し、「水爆の父」と呼ばれたエドワード・テラーとも対立しました。
後のインタビューでトリニティ実験を回顧する中、ヒンズー教の聖典から「Now, I am become Death, the destroyer of worlds.(我は死なり、世界の破壊者なり)」という一節を引用し、核開発を主導したことへの自責の念を吐露したエピソードはあまりに有名です。
おそらく、このインタビューは本作のクライマックスでもしっかり表現されているでしょう。
ノーラン監督は、本作の制作にあたって『メメント』の表現技法に原点回帰しました。
時系列を入れ替えるとともに、オッペンハイマーの視点はカラー、他者の視点はモノクロと区別して描いているそうで、彼の心情が揺れ動く様をより浮き彫りにしていると思われます。
本作のために開発したモノクロ撮影用IMAXフィルムカメラでどのような映像が映し出されているか注目です。
本作が全世界で絶賛され、ノーラン監督のフィルモグラフィー史上最高傑作との呼び声も高いことから推察するに、オッペンハイマーの心情に迫るという部分は大成功しているのでしょう。
3. 日本公開に向けて
2023年7月21日の全米公開を皮切りに世界中で公開された本作ですが、日本では長らく公開に関するニュースが一切入って来ませんでした。
「原爆の父」の伝記映画であることから、日本公開が危ういことはある程度予想していました。
しかし、本作は、第二次世界大戦を終焉に導いた兵器とその開発者たちを奨励する作品ではなく、国家の思惑に翻弄されながら恐ろしい兵器を開発してしまったことへの自責の念を抱き続けた一人の科学者の心情に迫る作品です。
未鑑賞なので何も確証はありませんが、我々日本人こそ正面から真剣に向き合っていくべき作品なのかもしれません。
そんな中、2023年12月、国内配給決定の口火を切ったのはビターズ・エンドさんでした。
ビッグバジェットな作品は扱わない一方で『パラサイト/半地下の家族』『ドライブ・マイ・カー』『PERFECT DAYS』など映画界にとって意義が大きく価値の高い作品を世に発信してきた配給会社です。
映画芸術への真摯な向き合い方と国内配給決定まで漕ぎ着けたその熱意・情熱に惜しみない拍手を送りつつ、最大の敬意を込めて同社のプレスリリースの全文を引用させていただきます。
「弊社ビターズ・エンドは、クリストファー・ノーラン監督作『オッペンハイマー』を2024年、日本公開いたします。本作が扱う題材が、私たち日本人にとって非常に重要かつ特別な意味を持つものであるため、さまざまな議論と検討の末、日本公開を決定いたしました。作品を観た上で、クリストファー・ノーラン監督の手による、伝統的な作劇手法を超越した唯一無二の映画体験には、大スクリーンでの鑑賞が相応しいと考えております。日本公開の際には観客の皆様ご自身の目で本作を御覧いただけますと幸いです。」(公式HP(2023年12月7日時点)より) |
ビターズ・エンドさん、本当にありがとうございます。
2024年3月29日の公開です(公式HP)。
そして、IMAXフィルムカメラで撮影された本作ですが、その本来のアスペクト比“1.43:1”を再現できるIMAXレーザー/GTテクノロジー対応の上映館は、日本には東京と大阪の2か所しかありません。
そのうちの1つ、グランドシネマサンシャイン池袋さんが本作の上映決定を発表しました。
上記対応のシアター12で上映するという情報はまだありませんが、同シネマは、前作『TENET テネット』のオープニング興行収入で世界第一位を記録したくらいですので、本作もシアター12で上映してくれると信じています。
グランドシネマサンシャイン池袋さん、お願いします!
(海外版Blu-rayであればすでにAmazonなどで買える状況ですが、このシアター12でじゃないと観たくないと思って今までずっと買わずに我慢してきました。
この我慢がようやく報われそうです。)
4. おわりに
やっぱり、ダメですね。
ノーラン作品の記事となると、あれも書きたいこれも書きたいでとてつもない量になってしまいます。
ここまで読んでくださった方、もしいらっしゃるのなら心の底から感謝します。
あなたの一読が何よりの励みです。
そして、この記事を読んで「オッペンハイマー、観に行ってみようかな」と思ってもらえればそれが一番の喜びです。
3月11日(日本時間)のアカデミー賞。
3月29日の日本公開。
皆さん、要注目です。
ではまた次の記事でお会いしましょう。
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投稿を表示凄く読み応えありました!ありがとうございます!また観たい一本が増えました!ノーラン監督ほわたしも好きですが、いやー、岡さん尊敬します!
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投稿を表示どうやったらこんな記事を書けるのか、講義してほしいわ(笑)
公開日当日、映画観る前に、もう一回読み直してからシートに座るわ。笑
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投稿を表示はい、じっくり読んだ人がここに🙋🏻♀️
相変わらず読み応えのある素晴らしいコラム!
この前メメントの話してから猛烈に観たくなって昨日メメント観直した!いやーますます楽しみ✨絶対にグラシネで観ようね!!
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投稿を表示教科書みたいなコラムですね🤩✨
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投稿を表示岡ちゃんのコラムを読みながら涙が出てきた!
ノーラン監督への想いと、ノーラン監督自身の思い、そしてオッペンハイマーの思い。
日本人として避けたいテーマではあるけれども、歴史としっかり向き合うきっかけになるね!
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