「生きる美しさ」を見出す
私たちは、何を目的に生きているんだろう?
誰のために生きているんだろう?
何に喜びを感じ、何に悲しみを感じるのであろう?
今作は、黒澤明監督の不朽の名作「生きる」をノーベル賞作家カズオ・イシグロの脚本で、イギリスを舞台にリメイクしたヒューマン・ドラマ。
カズオ・イシグロといえば、「わたしを離さないで」が印象的な作品である。
ただ前向きに楽しく生きているのではない。
残酷な終焉に生きることに何の意味を見出せばいいんだろう、と深い悲しみに襲われた作品。
ともなれば、今作「生きるLIVING」なんて邦題からして直球そのままじゃないか!!
オリジナルは観たことがないが、イギリスを舞台にしたこの空間にそのまま身を置いて、黒澤明監督が伝えたかったであろう「生きる」ことをじっくりと考えたくなる。
わたしは、これを観た時にぱっと思い浮かんだのは、
「7つの習慣 人格の回復」より「第2の習慣 終わりを思い描くことから始める」の章である。
ここでは、まず自分が亡くなる時に、家族や友人、仕事関係の人たちにあなたの人生をどのように語ってほしいか?あなたは、彼らに自分がどのような人物だったのかをという問いから始まる。
自分の葬儀の場面を真剣に思い描いてみて、自分の内面の奥深くにある基本的な価値観に触れたはずであろうということだ。
あなたは、何を思い描くだろうか?
私は、「映画が大好きで真心がある素敵な人だったね」と言われたい。(言われたいが…はて…)
厳格な公務員ウィリアムは、仕事一筋で実直な人。
人生の楽しみなど持てずに仕事だけをこなしてきた。
癌を宣告され、余命わずかという時に本当の生きる意味を見出し、生きる喜びを感じるなんて皮肉なものだ。
ウィリアムは、娯楽に溺れようとしたが自分らしくないと、娯楽に身を委ね生きる喜びを心の底から感じることはなかった。
ウィリアムが、心の底から喜びを感じたのは、「人の役に立つ」ことだった。
死にゆく残りわずかの時間の中で、先述したように「終わりを思い描く」余裕なんてないだろう。
しかし、私には、本来のウィリアムは、「人のために生きたい」と心の底で思っていた人と感じてしまう。
残りわずかの限られた時間の中で、自分よりも人のことを優先する人だもの。
人の役に立つことで、本来の自分を取り戻していく人だもの。
彼の死後、彼が貢献した公園は形となって残っていた。
そして、その公園を見るたびに人々はウィリアムのことを思い出す。
「尽力を尽くしてくれた人だったね」と。
そう思われるのが、彼の真の喜びだっただろう。
彼は決して終わりを描いているわけではないが…。
彼が「終わりを思い描く人生」だったらどのような価値観を持って、どのように生きるのかそれもまた思いを巡らせてしまう。
生きる美しさを考えると、切ない気持ちとそれに反して清らかな清々しい気持ちが交錯する。
毎日後悔せずに生きられているか。
心から幸せを感じる喜びとは何か?
幸せを感じられているか?
皆さんはどうですか?
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