中村敦夫の出演映画 その3
引き続き中村敦夫である。
彼が「木枯し紋次郎」に選ばれた経緯は割合有名だと思うので、ここでは詳しく書かないが、中村にとって魅力的だったのは普通のカツラではなく、自毛を利用してやるという話だったという。要するに髷の部分だけをくっつけるというものだ。それならあっという間にできるし、圧迫感もないからである。
市川崑監督から見ると長身で面長、しかもギャラも安い必要があったのである。市川は当時金策に苦労しており、小谷正一プロデューサーの提案で、TVシリーズをやって監修料を蓄えて映画製作資金に充てようと考えたのである。この企画が挙がったとき、田宮二郎など多くのスターが名乗りをあげたというが、ギャラの高いスターを使うわけにはいかなかったのである。とにかく、両者の思惑が一致し「木枯し紋次郎」が決定した。
その直後になるが、中村は市原悦子、原田芳雄、菅貫太郎ら10人の劇団員と共に首脳との関係が悪化していた俳優座を退団している。いざとなると二の足を踏んだ者も多く、その人数になったという。生活のため新たな拠点をつくる必要があったが、新劇団を作るのではなく、役者のマネージメントを行う番衆プロというプロダクションを作ったのである。社長は市原悦子の夫である舞台監督だった塩見哲が就任。つまり市原悦子の本名は塩見悦子で、あの志穂美悦子と同じ読みになるのである。番衆プロという名前は事務所が新宿の番衆町にあったからという単純な理由だ。ここには後に、常田富士男や桃井かおりが加わっている。中村は資金稼ぎの為に、あまり仕事を選ばなかったというが、原田は自分の気に入った作品しか出ようとしなかったという。そんなこともあり事務所の稼ぎのほとんどは中村によるものだった。
72年の元旦に「木枯し紋次郎」がスタート。これにより中村は一躍人気スターとなった。第2話には原田もゲスト出演している(中村以外みんなゲストだが)。
72年の出演映画としては「無宿人御子神の丈吉シリーズ」がある。紋次郎の大ヒットもあり、同じ笹沢佐俣の原作による渡世人ものの映画化である。主役の丈吉は原田芳雄で気に入った役ということなのだろうか。第1作「牙は引き裂いた」で丈吉は妻子を殺されてしまうのだが、犯人は国定忠治(峰岸徹、当時は隆之介)とその舎弟の長五郎(内田良平)と九兵衛(南原宏治)だと様子を探っていた九兵衛の子分から聞かされる。丈吉は三人への復讐を決意するというストーリーだが、あの有名な国定忠治が女子供を惨殺したのか?というのがポイントであろう。丈吉も現場を見たわけではないので。中村敦夫はというと、やっぱち渡世人である疾風の伊三郎として登場。紋次郎との差別化のためか右眼に眼帯をしており、もちろん楊枝を加えたりはしていない。当時のポスターでも原田の全身ショットの背後にでかでかとその顔が。最初は丈吉の邪魔をするのだが、最終的には助っ人になったりする。九兵衛は倒され、仲間の巳之吉(菅貫太郎)は片目を潰される。他の出演者は松尾嘉代、北林早苗、花沢徳衛、阿藤海など。
第2作「川風に過去は流れた」も72年の公開。原田以外では中村、峰岸、菅は引き続き登場。ただし中村と峰岸の出番は少ない。今回のターゲットである長五郎役は内田良平から井上昭文へと変更になっている。ヒロイン役で中野良子と市原悦子が登場。つまり中村、原田、菅、市原と俳優座脱退組(つまり番衆プロ)が揃って出演しているのだ。他の出演者は内田朝雄、安部徹、長谷川明男、加藤嘉など。
72年の出演映画には、もう1作品あり初の東映映画出演となる「売春麻薬Gメン」である。これは宮内洋の項で紹介したと思うが、主演は千葉真一で麻薬潜入捜査官である。中村の役は麻薬組織の殺し屋で、他に宮内洋、武原英子、佐野浅夫、渡辺文雄など。中村は初の東映と書いたが、テレビの方では売れる前ではあるが「キイハンター」や「プレイガール」等にゲスト出演している。
「木枯し紋次郎」は中村のケガなどの影響もあり、18本を撮り終えたところで一旦休止となった。その間に73年の正月映画として撮影されたのが岸田森の項でも紹介した「夕映えに明日は消えた」なのである。中村にとっては初の主演映画となるはずだったのだが、お蔵入りとなってしまったのである。監督の西村潔に聞いても、はっきりとした理由は教えてくれなかったという。中村が人づてに聞いたのはプロデューサーの藤本真澄に気に入られなかったから、ということなのだが、他にも事情はあったらしい。西村監督はこの後、「燃える捜査網」「大非常線」といった千葉真一主演のアクションドラマや「ハングマンシリーズ」などで活躍したが時代劇を撮ることはほとんどなく、93年に自死してしまった。
「木枯し紋次郎」が再開し、73年3月いっぱいで終了。入れ替わるように始まったのが原田芳雄主演の「真夜中の警視」であった。原田は中村と一緒に俳優座を辞め、番衆プロを結成。前述の「夕映えに明日は消えた」での中村の敵役も原田だった。「真夜中の警視」と言っても刑事ドラマではない(刑事も登場するようだが)。原田扮する西条が「事件屋」として難事件に挑んでいく、といったお話らしい。その原田が撮影中に交通事故を起こしたのだが、実は無免許だったことが発覚する。それを受けて13話の予定だったものが7話で打ち切りとなってしまったのである。そういった経緯なので、おそらく再放送されることもなく完全に封印されてしまったと思われる。無論、自分も一度も見たことはない。