出資機会損失映画史
あの日に帰りたい
TSUTAYAの商品物流は日本出版販売さんが担っていた。日販さんというと数多くの出版社、書店と取引口座を持つ、日本を代表する書籍流通の大企業である。TSUTAYAが映画制作に出資するようになったのは1995年の篠田正浩監督の『写楽』からで、その後ビデオレンタルとの親和性から多くの映画出資の話が寄せられるようになっていた。そんな1997年頃。日販さんから、ある日本映画への共同出資の打診を受けた。わたしの同僚が会い、脚本を受け取って読んだらしい。
「どう?どんな話?」
「桃ちゃん、あれ、ポルノやで。やらしかったわ~。あんないやらしい内容の映画、ビデオになっても大々的にプッシュでけへんで」
「あー、そうなんや。じゃあ、あかんな」
出資はお断りした。
この映画は日本アカデミー賞2部門、報知映画賞、ブルーリボン賞、毎日映画コンクール美術賞、キネマ旬報賞、日刊スポーツ映画大賞などを受賞し、興行成績39億円を記録、この年の『もののけ姫』に次ぐヒット作品となった。
1995年あたりからわたしはデジタル衛星放送の仕事に携わるようになり、その関係で多くの制作会社と知り合うことができた、その1社、日本を代表する精鋭の制作会社の代表の方と仕事で知り合い、映画制作の裏話などを聞かせて頂けるほど懇意になった。そんなある日「TSUTAYAさん、今度の映画の出資に興味ありますか?もしあるなら最優先で座組しますが」と相談を受けた。
ところがその出資予定額を聞いてわたしは怖気付いた。
「この額の稟議書を通す自信がない・・・」
出資はお断りした。
この映画は2000年に映画化され、興行収入42億円。『劇場版ポケットモンスター 結晶塔の帝王』の48億にあと一歩と迫り、この年の興行成績ランキング4位、実写映画では1位となった。
もうすぐミレニアムを迎えようという頃。わたしは現在のカルチュア・パブリッシャーズにいて実質的な責任者を兼務していた。その投資決済会議である洋画が俎上にのった。担当者が文字しかない紙1枚の資料を手に発言した。
「この作品、ちょっと題名が長いんですけど、ご一緒しませんかと言われておりまして」
「なんていう題?」
「ええっと、『アメリエ・ポウラインかポーラインかちょっと読めないんですけど、その素晴らしい運命』です」
「はぁ?どんな映画なの」
「ちょっとまだよくわからないんですが、このポウラインさんが世界を旅して写真を撮ったり、好きな人をストーカーするらしいんですが」
「え、写真家の話?ストーカー?」
「いや、まだ情報がなくてわかりません、シナリオがあるらしいんですがまだ翻訳されてなくて」
「これだけだと判りませんね、ジャンルも分からないんです?」
「いや、ジャンルは分かります。ホラーサスペンス系だと聞いています」
会議の結論は保留のまま、本件は放置された。
この映画はアート系で公開され、16億を超す大ヒットを記録、各地で大ファンが続出した。作中のインテリアを真似したり、登場する食べ物を作ったり、映画女子たちをその世界観に引き込んでブームとなった。シラク大統領も鑑賞し、国民的映画になっている、と夜のニュースで報道された。
あの日に帰りたい。
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投稿を表示LOQさん、こんにちは! こういう話、「ウェールズの山」くらいにあるんです。映画にならなかった話もありました。いずれ書こうと思います!タイトルあえて書かない方がおしゃれかなって思って笑 GF2のマーロン・ブランドみたいに笑
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投稿を表示「あの日に帰りたい」・・・なるほどねぇ。
ポルノ、エロ映画と思っちゃいましたか。
ま、のるかそるか、バクチですもんね。
逃がした魚はデカかった。
もしかしたら、その魚、「うなぎ」じゃありませんでした!?
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投稿を表示桃田さん、はじめましてLOQと申します。よろしくお願いいたします。
興味深いエピソードありがとうございます。
愉しく読ませていただきました。
作品名たぶんわかりましたが、わかっても言わぬが花なんでしょうね。(笑)