映画マニア映画
映画マニアが登場する映画ファン向け映画
80年代になるとようやく映画の中に映画マニアがたびたび登場するようになった。映画ファンからすると共感できるのは勿論のこと、その人物がどんなマニアとして描かれるかということも興味津々である。
わたしが「映画マニア」の登場する映画として初めて意識したのは川谷拓三主演の『さらば映画の友よ インディアンサマー』で、大学時代に古本屋でプログラムを見つけたのがきっかけだった。川谷拓三は「自分の人生の目的は1年に365本の映画を見ること。それを20年続けること」という無類の映画好きを演じる。この映画が観たくて観たくて、当時情報誌をくまなくチェックしたが全く上映されなかった。
その後ビデオの流通本数も少なく、DVD化されたのは2020年になってから。1979年制作の作品なので、当然のことそれ以前に公開された映画が引用される。原田眞人監督が1949年生まれの団塊世代だから、劇中では主に50年~60年代の作品が語られる。若き日の可憐な浅野温子にときめくが、Z世代の映画ファンにはちょっと遠い世界かもしれない。団塊世代Jr.の映画ファンにもこの空気感はなかなか味わってもらえなさそうな気がする。(だけどアラン・ドロンとチャールズ・ブロンソンの『さらば友よ』は他でもよく引用されるので観ておいた方がいい)
この次に映画マニアが登場するのは1980年制作の『フェイドTOブラック』で、大学時代に深夜放送を録画して観た。映画マニアの青年が名作映画の主人公になりきって殺人を犯していくというサイコスリラーなのだが、これも取り上げられている映画が40~60年代制作のものが中心。特に主人公のデニス・クリストファーが熱を上げるヒロインがマリリン・モンロー似という時点で、この作品もZ世代には遠いかもしれない。そもそも映画マニアが映画の登場人物と現実世界の自分を混同し、犯罪を繰り返すという設定で感情移入しにくい。
かくいうわたしも学生時代にこの作品を観て、何の映画の人物に憑依しているのか半分も分からなかった。リチャード・ウィドマークやジェームズ・キャグニーを知るようになるのは大人になってからだ。
続いてジョン・トラボルタ主演の『ゲット・ショーティ』。トラボルタが映画マニアの取り立て屋を演じているのだが、ちょうどこの頃『パルプ・フィクション』で復活し、続く『ブロークン・アロー』は良かったけど、『フェノミナン』『マイケル』とトラボルタの胸焼けが続き、『ゲット・ショーティ』もそのうちにと冷蔵庫の中で放ったらかしにしていたら、どんどん店の在庫から消えていってしまった。今この映画を話題にする人がほとんどいないということは、まだもうちょっと放置していても問題ないかと思う。
わたしが映画マニアの登場人物でもっとも好きなのが2001年制作の『クライム&ダイヤモンド』に登場する映画狂の殺し屋ジムを演じたティム・アレン。この映画は発掘良品で大々的にフューチャーしたのでご覧になった方も多いと思う。この映画でアレンが口にする映画は、普通のファンならだいたい知っている名作ばかりで、『フェイドTOブラック』のように置いてけぼりを喰らうことはないだろう。冒頭でジムが映画館で観ているのは『ティファニーで朝食を』のラストシーン。スクリーンを見つめる彼の表情がなんともいい。このジムにはあだ名が合って「Critic Jim」という。字幕では毒舌ジムとなっているが、(映画)評論家ジムみたいなニュアンスではないか。彼は筋金入りの映画マニアなので、映画のタイトルを言う時、製作年とスタジオを必ず付け足すところが面白い。これに感化されてわたしもちょっとやってみようとしたが、スタジオはともかく製作年なんか全然覚えられない。覚えても全く仕事に役立たない。
彼は「仕事」をするためにあるホテルの一室に向う。そこにいたのが最近姿を見ないクリスチャン・スレーター。詐欺師の彼はいとも簡単に縛りあげられ、殺し屋ジムにこう言われる。
「殺されたくなければ面白い話をしろ」
そこで、なぜこうなったのか、その顛末をスレーターが語って聞かせるという構図になるのだが、ジムは話を脳内で映画に再構成しながら聞いているので「ニューヨークはロケ代が高い、別の場所にしよう」とかいちいち反応が面白い。ここから物語は抜群に面白くなっていくが、あまり知らないで観た方が絶対にいい。
最後に『雨に唄えば』の有名なシーンの引用が素晴らしいことを付け加えておきたい。ジーン・ケリーが雨の中で歌う最も有名な場面をこの映画では最高の形で見せてくれる。この場面のパロディや引用の中でわたしが最も好きなのが本作での使われ方だ。
さて最後にもう1本、最近観た作品で『ぼくとアールと彼女のさよなら』という2015年制作の青春映画がある。いかにもサンダンス映画祭で絶賛されそうなFOXサーチライトっぽい雰囲気の映画で、とてもよかった。長い間風呂に浸かってなくて垢だらけだったわたしを綺麗さっぱり洗ってくれるような映画だった。
高校生の主人公グレッグは黒人の相棒アールと名作映画のパロディを作り続けている映画ファン。それも時代背景は80年代や90年代ではない。現代だ。にもかかわらず部屋にトリュフォーの『大人は判ってくれない』のポスターを張っている。そんな高校生いる?
高校生でマニアックな映画ファンなら、まあ『時計じかけのオレンジ』とか『シャイニング』とか、『未知との遭遇』『スターウォーズ』くらいならわかるが、きっともっと最近の『ダークナイト』とかを貼るのでは?えらく高尚な作品を張り付けているなあと思った。(後に成長した場面ではスコセッシ監督の『ミーン・ストリート』に変えられていた。こっちもまた高尚な)
グレッグは母親に言われて白血病で余命いくばくもないと判明した幼馴染のレイチェルをイヤイヤ励ましに行く。まったく違う世界に住んでいた二人だったが、徐々に打ち解け合い、グレッグはアールと一緒に彼女のために映画を作ろうとする。だが確実に死期が迫る。(重たい話にはならない)
レイチェルは母子家庭らしいのだが、母親は映るたびに必ず酒を飲んでいる。こういう細かい演出がわたしは好きで、他にもテレビから聞こえる音声、DVDショップ内にさりげなく陳列された映画、グレッグの着る『ゾンビ』のワンポイントが入ったアウターなど、とにかく細かい。何度も見返さないとディテールが通り過ぎてしまい、気が付かない。
劇中、グレッグたちが製作した名作映画のパロディシーンをふんだんに見せてくれる。エンドクレジットにはどんな作品を取り上げたかリストアップもされている。音声解説で監督のアルフォンソ・ゴメス=レホンは自分が好きで影響を受けた名作に敬意を込めたと言っていた。このパロディシーンは秀逸で、オリジナルタイトルをパロッた題をつけ、グレッグとアールが登場人物に扮装して出演している。これらは全て別のチームが自主製作映画風に撮影・編集し、最終的にレホン監督がOKを出した。実にどれも良くできている。
一例を挙げるとヴィスコンティ監督の『ベニスに死す』は『テニスに死す』となって、テニスラケットを振るアールと、ダーク・ボガードに扮したグレッグが、まったく同じ眼鏡、つけヒゲ、スーツ姿でそれを眺めている、といった感じ。どれも爆笑を誘うものではないが、高校生がそれをやっているのがとても楽しい。後は観てのお楽しみ。
わたしも大学時代8ミリカメラで自主制作映画を撮ったクチだから共感したし、久しぶりに見る青春映画の類いとしては、オジサンでも楽しめて、ラストシーンは熱いものがこみ上げ、感情失禁が起きてしまった。グレッグ、アール、レイチェルの3人をそれぞれ演じた若い役者たちも好感が持てたし、レホン監督の凝った構成や画面の隅々に至る細やかな演出も素晴らしかった。
こういった「映画マニア」あるいは「熱心な映画好き」を主人公にした作品は、「ぼくとアールと彼女のさよなら』では高校生だったけれど、当然のことながら登場する映画によって支持される世代がずいぶん変わってくると思う。今の時代なら、もっと最近の名作をたくさん登場させて若い世代が楽しめる作品が生まれてもいいのではないか。さんざん古い名作にオマージュを捧げた作品は観てきたから、新時代の映画マニアを観たい。
わたしの世代は団塊世代かその少し前に生まれた映画監督の作品で育った。スピルバーグ、ルーカス、コッポラ、スコセッシ、デ・パルマ、リドリー・スコット。わたしの下の世代は、デヴィッド・フィンチャー、クエンティン・タランティーノ、ジェームズ・キャメロン、コーエン兄弟、ウォシャウスキー姉弟といった人たち。さらに若い世代はクリストファー・ノーランや、ソフィア・コッポラかもしれない。こういった人たちの作品を登場させて映画マニア像を描いてもいい時代になったのではないだろうか。
A24の制作でダニエル・シャイナートとダニエル・クワンのダニエルズ・コンビが監督し、映画マニアが活躍するマルチバースのアクションコメディとか観てみたい。
マルチバースで映画マニアの世界。別の世界では、ジェームズ・キャメロンの『殺人魚フライングキラー』がものすごい完成度のホラーサスペンスとして公開されていたり、アレハンドロ・ホドロフスキー監督が『DUNE』を当初の企画通りのキャスティングで完成させていたり(当然出演者はCGで構成される)、スタンリー・キューブリック監督が『A.I.』を撮っていたり、『時計じかけのオレンジ』の音楽をエンニオ・モリコーネが手掛けていたりして・・・。そしてこうした「幻の映画」がちゃんと完成している並行世界を目の当たりにして、主人公が叫ぶのだ。
「とにかく、みんな、こっちに来てくれ!ヒース・レジャーが生きてる!次回作は『ジョーカー』だって予告でやってる!ああ、なんて世界なんだ!『ゴッドファーザーPART2』にマーロン・ブランドが出てる!『バック・トゥ・ザ・フューチャーPART5』が歴代興行成績1位だって!こっちの世界じゃ『ハンニバル』はジョナサン・デミが監督して、ちゃんとジョディ・フォスターが出演しているんだ!」
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投稿を表示お詳しいですね!!川谷さんはもう大好きでした。仁義なきはもとより、山城さんが引っ張ったのがよく分かるお人柄と知ったのは大人になってからでした。日本映画界はもっともっと、たまに脇役を主役にした傑作を作って欲しいと思います!
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投稿を表示ピラニア軍団の一人の川谷拓三さんは素敵な俳優さんですね。どん兵衛のCMで山城新伍さんとの共演が印象的です。息子さんの仁科 貴さん(元オフィス北野)は北野作品でよくお見掛けしますが近年はお父さんの面影を感じます。