映画館が二本立てだった頃(その1)
いきなり懐旧譚だが、かつては映画館が二本立てで総入替制もなかった時代を覚えている方はどれくらいいるだろうか。私の記憶では東京は知らず、1980年代くらいまでは地方都市ではそういう状況があったと思う。
現在ではシネコンプレックスが全盛で一度にかかる映画は一本、全席指定で観客は上映終了とともに入れ替えられる。それが普通になってしまった。
まぁ、ここで昔は良かったなんて話を始める気はないということをお断りしておこう。二本立ての場合、一本はハズレなんてことはざらにあったし、いつからかは忘れたけれど、防火の面から場内での喫煙は禁止になったが、それ以前は平気で上映中でも煙草をふかす観客がいた。上映中でも遠慮なく客が入ってきたし(一応、映画館側で入口にカーテンをつけて外の明かりが入らないようにはしていたが)満員で立ち見をしたりしたのは映画鑑賞という点ではマイナスだったと思う。
しかし、そうしたマイナス面を考慮しても、総入替なしというのは映画好きにはたまらない環境ではあった。好きな映画を何度でも観ることができるのである。今ではDVDやHDの録画を何度でも巻き戻して観ることができるが、その頃は自分の記憶だけが頼りだったのである。故 和田誠さんが「お楽しみはこれからだ」を始めたときはビデオさえなく、記憶に頼って名セリフを思い出して書いていた筈だ。のちにビデオが出てきて確認が可能になってからも、その姿勢を貫いておられた。
さて、前置きが長くなったが、その頃、劇場で観た二本立てのうち、双方とも甲乙つけがたいというか記憶に残る作品を挙げてみようと思うのである。
一番手はLOQさんと知り合うきっかけにもなった『サブウェイパニック』から始めよう。その前にこの作品の併映であった『ジャガーノート』の話をしたいと思う。
私はDISCASさんのレビューも書いているので、そちらをご覧になった方はご存知だろうが、リアルタイムで観たときには『ジャガーノート』をあまり評価していないのである。この作品は時限爆弾が仕掛けられた客船を舞台にしたサスペンスという側面もあるが、実は人間ドラマとしての側面も強いと見ている。舞台となるブリタニック号は豪華客船と紹介されることが多いが、実際の映像ではそんな高級な感じではなく、北大西洋航路で英国からカナダを結ぶ普通の客船である。
ジャガーノートというのはその船に爆弾を仕掛けた犯人が名乗る名前である。どういう意味か知りたくて英語辞典を引いてみたらヴィシュヌ神の山車のことだとあった。ヒンドゥー教徒はその山車に轢かれると天国に行けると信じているとあり(ホントかいなと思ったものだが。)犠牲を求める抗えない力を意味すると書いてあった。説明の一部に納得しにくい部分はあったが意味的には爆弾犯にぴったりである。
で、この映画は一応、英軍の爆弾処理班、リチャード・ハリスが主人公になっているが、実はグランドホテル形式というか、この事件に絡むさまざまな人間を描いた人間ドラマにもなっている。劇場で観たときにはガキだった私にはその面白さがまだ理解できなかったのだろう。じっくり観るとブービー・トラップだらけの爆弾の解除のハラハラドキドキと乗務員や乗客が危機に臨んで取る態度に感動するという一本で二度おいしい映画である。赤い線を切るか青い線を切るかというお約束を最初に描いた映画とも言われている。
本作を観なおしてみて、ブリタニック号の船長を演じたオマー・シャリフが船長室に女性を連れ込んでよろしくやっているというところが、少しうらぶれた船と通じる印象が強く残っている。他にもロイ・キニアが演じた宴会部長が死の影におびえる乗客の気分を変えようと奮闘する様とか、脅迫してきた爆弾犯に身代金を払うことを認めない政府とか、リアルでいて、それぞれに感動する要素を見出したわけである。
そうした人間ドラマに対するアクションのパートである爆発物処理班の活躍も見せ場たっぷりである。まず、荒れ狂う北大西洋を航行するブリタニック号にC130輸送機で接近して降下する隊員たち、客船に乗り込む際に一人が死亡する。その後の爆弾解除で見えない罠にかかって爆死する隊員も出る。彼らは船を、そして乗客を救えるのか。
といったところで後は皆さまに実際にご覧いただくのがよろしいでしょうと、次の作品に話を移そう。あ、忘れてたけど監督はリチャード・レスターである。『ビートルズがやって来るヤァ!ヤァ!ヤァ!』とか『三銃士』、『スーパーマン』の2作目、3作目なんか演出している人です。
さて、『サブウェイパニック』である。こちらはニューヨークの地下鉄を乗っ取り、市から身代金を奪おうとする犯人グループと地下鉄の警備部門のトップとの駆け引きをテンポよく描いた作品である。主演がウォルター・マッソーというのでジャック・レモンとのコメディ・コンビを連想する方もいらっしゃるかもしれないが、案外、アクションやクライム・サスペンスなどに出演しているのである。例えば『シャレード』、『突破口』、『マシンガンパニック』などなど。
対する犯人グループは元傭兵のボスに名優ロバート・ショウ、マーティン・バルサム、ヘクター・エリゾンドなど渋い面々。全体に渋い作りなので派手に見える『ジャガーノート』の併映に選ばれたのかもしれない。
監督はジョセフ・サージェント。私の好きな『地球爆破作戦』などを演出している。緊迫感を持ったキビキビした画面が魅力である。
犯人たちがお互いを色で呼び合うというのは後にクエンティン・タランティーノが『レザボア・ドッグス』で取り入れている。もちろん人質にした乗客に素性を知られないためである。クールである。それとは別に、彼らの人生を掘り下げている訳ではないが、台詞や行動の端々からメンバーそれぞれの性格や経歴などが浮かび上がってくるのはうまいと思う。
割合、早い時期に乗っ取り犯たちが正体を現すのだが、手にしているのがS&W M76サブマシンガンなのが70年代の香りだ。この銃はS&W社が製造した珍しいサブマシンガンなのだが当時のアメリカ映画でずいぶんお目にかかっている。『ダーティハリー2』、『オメガマン』、『バッジ373』そして本作。これら以外にもあっちこっちで顔を出している筈だ。
暴力的に見えて知能犯なのが物語が進むに連れて見えてくる。対するウォルター・マッソーも負けていない。あの手この手で交渉を引き延ばし、さらにやりとりの中で犯人の正体に迫ろうとする。ここの駆け引きが手に汗握るという面白さである。
しかし、本作の一番の疑問は閉ざされた空間である地下鉄から犯人たちはどうやって逃げ出すつもりなのかという点である。地下鉄の出入口なんて限られているし、車両の位置も中央管制室でバッチリ把握されている。金を手に入れても逃げられなければ元も子もない。さて、どうする?
ハラハラドキドキのサスペンス以外にも各登場人物の性格とか人生も見えてくるのが相乗的にお話を面白くしていると思う。あまり書くとネタバレになるが主犯格のロバート・ショウの最期とか、マーティン・バルサムが鼻風邪をひいていてくしゃみをする。それに対してウォルター・マッソーが「Gesundheit(お大事に)」と返す。この言葉はもともとドイツ語で「健康」を意味する言葉らしいのだが何故か英語ではくしゃみしたときの慣用句になっているらしい。このやりとりも伏線だったりする。読まれていて歯がゆいでしょうが、このくらいしか書けない。
さて、いかがだっただろうか。観客を選ぶタイプの映画ではないので、このコラムを読まれて興味を持った方は一度、ご覧になってはいかが。
とまぁ、最初のコラムはあんまり纏まりのないものになってしまった。しかも長い。ということで二本立ての次の二本は(その2)に続く。