河合優実の感情のアップダウンが激しい令和ニッポンの絶望少女劇『あんのこと』
〈作品データ〉
『SR サイタマノラッパー』シリーズや『ビジランテ』、『ギャングース』を手掛けた入江悠監督最新作は新聞の三面記事に掲載されていたある少女の壮絶な生い立ちを元にした社会派ヒューマンドラマ。主人公の少女・香川杏は覚醒剤に溺れながら売春で生計を立てて生活していたが、ある日、覚醒剤で警察に捕まる。取り調べを担当した刑事・多々羅は彼女の覚醒剤からの脱却や社会復帰、生活環境改善のサポートをするが、多々羅自身のあることから思わぬ方向に展開してしまう。主人公の香川杏役を河合優実、刑事の多々羅役を佐藤二朗が演じ、他稲垣吾郎、河井青葉、広岡由里子、早見あかりが出演。
・6月7日(金)より新宿武蔵野館全国ロードショー【PG12】
・上映時間:114分
・配給:キノフィルムズ
【スタッフ】
監督・脚本:入江悠
【キャスト】
河合優実、稲垣吾郎、河井青葉、広岡由里子、早見あかり
公式HP:https://annokoto.jp/
〈『あんのこと』レビュー〉
かつては『SR サイタマノラッパー』シリーズを手掛けながら、『ビジランテ』など手応えがある社会派映画なんかも作っていた入江悠監督の最新作『あんのこと』。
冒頭から河合優実が演じる主人公・香川杏の壮絶な人生を見せつけながら、刑事・多々羅などの協力で良い方向に行きながらも、数々の思わぬ展開から凄まじく重苦しい社会派ヒューマンドラマを作り上げた!
覚醒剤に溺れながら売春で生計を立て、母親から虐待を受けるなど、河合優実が演じる主人公・香川杏の絶望的な生活ぶりがまず凄まじく、中盤までは佐藤二朗が刑事・多々羅や稲垣吾郎が演じる週刊誌記者・桐野らのサポートによる少女の再生と社会復帰の模様を展開。自堕落な母親からの虐待から逃れつつ、介護施設での働きや夜間学校での就学、虐待者のためのマンションでの生活などを見せ、また、刑事・多々羅が主催する薬物更生者らのサークルの様子なども見せ、杏の再生をドキュメンタリータッチで描く。
このまま少女の再生劇で行くかと思いきや、多々羅のある秘密の発覚や、2020年の2月以降の時代的な流れ、さらには突発的な思わぬ出来事から次々と意外な方向に進む。そのプラスの方向からのマイナスへの逆の引き寄せ力が凄まじい。
そのいずれもが主人公・杏が悪いわけではなく、他者のやらかしの巻き込まれや親族がもたらす負の要素、あらぬ方向からの突発的な出来事、さらには個人がどうしようもない時代の流れなど、どれも外的要因で、故に終盤の絶望の色合いが濃い。
この主人公を演じた河合優実の気持ちのアップダウンの落差が凄い。序盤の廃れっぷりからの再生する様子から、後半の突発的な展開で見せる女性としての顔など、とにかく目まぐるしい。
それと杏を助けようとする佐藤二朗が演じる刑事・多々羅もまた強烈な個性を放つ。基本的には粗暴かつ粗野な振る舞いながらも正義感に熱い人情派刑事。本作はシリアスな社会派ドラマだが、コメディ作品での佐藤二朗のようなコミカルな笑いを入れ、それが真面目な展開のシリアスドラマでのコミカル演技なので非常に新鮮。
少女・杏の再生劇や刑事・多々羅の良からぬ出来事だけでも十分に重いヒューマンドラマの傑作になりうるが、本作はそこからさらに上積みが凄かった。
入江悠監督作品ではあるが、その手触りは白石和彌監督作品や吉田恵輔監督作品、片山慎三監督作品に近く、本作はただ重い社会派ヒューマンドラマというだけではなく、さらに悪しきことを告発する正義がもたらした悲劇という部分からしても