【ネタバレ】「ジョン・ウエインはなぜ死んだか」 再考
シリーズ・映画『オッペンハイマー』の日本公開を待ちながら その4
※ネタばれあり
『 征服者 』(原題:The Conqueror 1956年3月公開)
ジョン・ウエインがモンゴル帝国建国の覇者テムジン( のちのチンギス・ハンの青年時代 )を演じた歴史劇、という時点でアホらしくて、これまで未見。
ではその珍妙さをツッコんでやろうとアプローチを切り替えて観てみても、あまりの大時代で陳腐な芝居に、ツッコめるような笑いのツボもなければ、偏見ぶりをまともに怒る気にさえなれず、ただただ痛々しい残念さを感じてしまいました
ミスキャストと評判が悪く、のちにジョン・ウエイン本人も触れたくない黒歴史だったようです。
でも、それより笑えないのは、作品の出来栄えもさることながら、この映画はスタッフ・キャストのガン発症率さらには死亡率が高く、その原因はロケ地が当時の度重なる核実験で汚染されていたからではないか?・・・という説のある作品だからです。
本作のスタッフ・キャスト220人のうち91人(41%)がガンになり、うち46人(21%)が1980年までに死亡とのこと。
ガンで亡くなったうちには主要キャストのジョン・ウエイン、スーザン・ヘイワード、ペドロ・アルメンダリス、アグネス・ムーアヘッド、監督のディック・パウエルらが含まれる。
( 一部内容が重複しますが、DISCASでのロキュータス名義のレビューは こちら )
日本でその説を書いたのは広瀬隆・著「ジョン・ウエインはなぜ死んだか」( 文藝春秋社 1982年12月発刊 )
当時かなり話題になりましたし、1986年6月には文庫本となりましたが、現在は絶版ないし在庫切れ・重版未定かという状態。 図書館か古本で読むことになる。
僕自身の同書への率直な感想として、センセーショナルな内容に比して、思わせぶりな記述のまま話は次々と広がっていくし、引用元などが明らかにされてないので主観的な推測・断定か客観的事実かすっきりしないし、もやもやした読後感を抱くものでした。
現状では氏の個人的研究ないし都市伝説のように扱われていて、当時の世代には忘れられた、若い世代には知られてない説と言えようか・・・・日本では。
ただウィキペディアで『 征服者 (1956年の映画 )』の項目の日本語、中国語、韓国語の版のにはありませんが、英語、フランス語、ドイツ語、スペイン語などの版には今でもこの論争の記載があります。
またIMDBでは「An RKO‘s Radioactive Picture 」( 映画会社RKOの放射能映画 )としばしば呼ばれている、と書かれています。
日本の一個人の仮説ではなく、ネタ元はアメリカであり国際的に知られた論争と言うことですね。
広瀬隆氏自身が文庫版のあとがきに示すように、同書の資料は、アメリカの映画雑誌、アメリカ政府の映画記録全集、アメリカ原子力委員会の内部資料とのこと。
資料提供協力は映画関係が筈見有弘氏、原子力関係が当時アメリカ在住の中尾ハジメ氏、アイリーン・美緒子・スミス氏( 当時夫妻 )。
おそらく一番のネタ元は雑誌「 PEOPLE 」の1980年の特集記事。
( オンライン・アーカイブスで閲覧できるようですが、やり方がわからないので、未見。 )
広瀬氏は同書で「 アトミック・ソルジャー 」「 風下住民 」にも触れています。
「 アトミック・ソルジャー 」とは、核実験で破壊した目標に突入させる核戦争想定軍事演習によってヒバクした元兵士のこと。 ムチャクチャな話だが1960年代まで実際行われていたこと。
「 風下住民 」( 英語ではDownwinders )とは核実験の風下にあたる地域で死の灰を浴びた住民のこと。
興味のある方はどちらもウィキペディアに項目があり、どちらもアメリカで訴訟となっています。 (ウィキ日本語版「 風下住民 」に、この映画について記述あり )
広瀬氏はさらに同書で『 征服者 』以外にもハリウッドの映画人のガンの多さ、その原因としてロケ地の砂漠の核汚染との関連を示唆しています。
ネット上で見る反論では、ジョン・ウエインもアグネス・ムーアヘッドもヘビー・スモーカーだったし、またガンとの因果関係を核汚染と特定するには無理があるとの指摘。
また広瀬氏は核汚染は体内で濃縮され長期潜伏すると指摘するが、一それに対し放射能ヒバクによるガン潜伏率はもっと短いはずという反論も見られる。
ちなみにウィキペディア「 風下住民 」の英語版「 Downwinders 」によると、アメリカ人男性の生涯ガン罹患率は43%、死亡率23% 、女性は38%、19%とあります。 この数字と前述の『 征服者 』の関係者の数字を比べてどうなのか。
同書によると、『 征服者 』に侍女役で出演したジーン・ガ―ズンはアメリカ政府を相手取り訴訟を起こしたと言う。
またディック・パウエルとスーザン・ヘイワードの子どもたちが「 映画関係者が訴訟を起こせば、セント・ジョージ(ロケ地)の住民が起こしている訴訟に対しても大きな力になれるはず 」と語る記述がありますが、これらのその後の結果はどうなったのでしょうか。
こうした『 征服者 』をはじめ、ハリウッド映画ロケ地の核汚染の論争について、疑念はふくらみますが、一方ではっきり断定まではできない限界を感じ、もやもやしたものが残ります。 実際はどうだったのでしょうか。
ちなみにウィキペディア英語版の「 Downwinders 」によると、今年『 オッペンハイマー 』で新たに注目を浴びたためか、アメリカ議会上院はニューメキシコ州の風下住民を1990年成立の放射能被曝補償法の新たな対象とすることを承認、法制化には下院の採択待ちだそうです。
映画作品が影響を与えた新たな一例ということですね。
『 征服者 』のレンタルは こちら