ポリー・プラットという映画人について ( 後 )
ポリー・プラットは生涯5本の脚本を書いています。
1作目が当時の夫ピーター・ボクダノヴィッチ初監督の『 Targets (日本劇場未公開邦題「殺人者はライフルを持っている」) 』(1968)での共同脚本。
2作目が『 プリティ・ベビー 』(1978)
ルイ・マルのアメリカ進出第1作で、彼女はアソシエイト・プロデューサーも務めました。
20世紀初頭のニューオーリンズ。 母親も娼婦で娼家に生まれ育った少女娼婦の話
ブルック・シールズ主演でセンセーションを巻き起こしました。


3作目は、最大の問題作『 さよなら、ミスワイコフ 』(1979)。
主演 アン・ヘイウッド ロバート・ヴォーン ドナルド・プレザンス ドロシー・マローン
監督 マーヴィン・J・チョムスキー
レイプ・シーンが衝撃的で、「 犯されてセックスの悦びを知る女の哀しい性 」といったインモラルな官能の映画と宣伝され、批評もその点から批判的なものが多かったですが・・・・。
たしかに難しい作品でそう受け止められてもしかたがない面があるのはたしか。
ただウィリアム・インジとポリー・プラットの他の作品を考えれば、男性目線のポルノのような作品ではないと考えるのが妥当でしょう。
本作は劇作家ウィリアム・インジ版の「 欲望という名の電車 」ともいうべき作品で、「 欲望 」でブランチはレイプされ発狂しますが、ミス・ワイコフは発狂も自殺もしない。
ミス・ワイコフは何に縛られて生きてきました。 すべてを失って、ようやく彼女は自縄自縛から抜けて自分自身の人生を歩もうと街を去っていく。 そういうドラマだと思います。
ウィリアム・インジについては別に書き、本作についてもその時にはあらためて書く予定です。
4作目は、「 Lieberman in Love 」 (1995)
『フィールド・オブ・ドリームス』の原作者W・P・キンセラの短編小説を脚色したテレビ映画。 主演と監督はクリスティーン・ラハティ。 共演ダニー・アイエロ。 同年の第68回アカデミー短編映画賞を受賞。
ただし原作者キンセラは映画化されたことも知らず、クレジットもされず、オスカー受賞のスピーチでも言及がなく、後日バラエティ誌に謝罪の全面広告がされました。 (笑)
5作目が本作『 マップ・オブ・ザ・ワールド 』(1999)
ジェーン・ハミルトンのベストセラー小説を、『ギルバート・グレイブ』『 アバウト・ア・ボーイ 』の脚本家ピーター・ヘッジスと共同脚色。
出演はシガーニー・ウィーバー ジュリアン・ムーア デビッド・ストラザーン ルイーズ・フレッチャー
二人の娘を持つ主婦アリスは、ある日、親友テレサの娘を預かるが、ふと目を離した隙に死なせてしまう。さらに勤める小学校に通う生徒の母親から身に覚えのない児童虐待で訴えられ逮捕・収監されてしまって・・・。


プロデューサーとしてのポリー・プラット
ポリー・プラットは1985年から1995年まで、『 愛と追憶の日々 』『 ブロードキャスト・ニュース 』『恋愛小説家 』などの監督ジェームス・L・ブルックスのプロダクションで、副社長を務めました。
プロデューサーとして手掛けた主な作品は、
『 ブロードキャスト・ニュース 』(1987) エグゼクティブ・プロデューサー

『 セイ・エニシング 』(1989) プロデューサー
『 ローズ家の戦争 』(1989) エグゼクティブ・プロデューサー
『 夕べの星 』プロデューサー 同作は『 愛と追憶の日々 』の続編
『コーマン帝国』(2011) エグゼクティブ・プロデューサー
・・・などがあります。。
また、面白い新聞漫画を見つけたポリーは、ジェームス・L・ブルックスに、その作者のマット・グレイニングに会うよう進言。
この出会いは、「トレーシー・ウルマン・ショー」で人気の短編アニメ・コーナーの企画となり、それはのちに『ザ・シンプソンズ 』へと発展していきました。


ポリーは晩年ALS(筋委縮性側索硬化症)となり、2011年7月27日、ブルックリンの自宅で亡くなりました。 72歳でした。
その死亡記事は、「 シネマ・トゥディ ポリー・プラット 」と入力すると検索できます。
また生前のポリーの映像はDIACAS所蔵のドキュメンタリー『イージー・ライダー☆レイジング・ブル 』


『 コーマン帝国』でごらんになれます。

