ボブ・ディランはお好き ? ( 前 )
投稿時現在公開中の『 名もなき者 』( 監督 ジェームズ・マンゴールド )初日の初回IMAXで観てきました。
このところ音楽界のレジェンドの伝記映画が作られヒットもしています。
ただ『 ボヘミアン・ラプソディ 』を観た時、正直映画としてはそこそこで、クイーンやフレディ・マーキュリーの実際の音源や映像そして彼らへの思い入れを到底超えることはない、と感じました。
なので『 エルヴィス 』も『 ロケットマン 』もいまだ観られずにいます。
今回『 名もなき者 』も期待と不安を抱えて観に行きましたが、よかったです。
ボブ・ディランを演じるティモシ―・シャラメは期待に違わぬ好演でしたし、エドワード・ノートンが演じるピート・シーガ―には納得。 (笑)
ウディ・ガスリーやジョニー・キャッシュ、そして2人のミューズ シルヴィア・ルッソ(演・エル・ファニング モデルはスージー・ロトロ ディランがブレイクしたセカンド・アルバム「 フリー・ホイーリン 」のジャケットに一緒に写る当時の恋人 )とジョーン・バエズ((演・モニカ・バルバロ)との愛憎、当時の時代状況と人間関係がちゃんと描かれていて、ドラマと音楽が相乗効果を上げていました。

さてボブ・ディランはレジェンドではあるけれど、日本での認知度は、特に40歳代以下の人にはどうなんでしょうか。 ぶっきらぼうで不愛想だし、トンガっていてとっつきにくいから。 (笑)
ノーベル文学賞時のメディア報道やネットでの反応で正直思いました。
「 風に吹かれて 」と60年代初頭の公民権運動と重ねての紹介が多く、たしかに代表曲ではあるのだけど、ディランのある一部分に過ぎない。
芸術家にはいろいろなタイプがあって、たとえば同じモチーフやスタイルを深堀りし確立すべく作品を作り続ける人。
画家ならモネ、岸田劉生とか、映画なら後期の小津安二郎、山田洋次がそれに当たると思われます。
もう一方で、「~の時代」と呼ばれるほどにスタイルを変える人。
ピカソとか、マイルス・デイビス。
ボブ・ディランも後者にあたります。
『 名もなき人 』でも、デビューから1965年ニューポート・フォーク・フェスティバルまでの変化を描いていますし、ディランのピカソ評や「 ゲルニカ 」を見に行く話題が出てきて示唆していると思います。
フォークからロック、その後もカントリーなどさまざまなジャンルを歌い「 何を歌おうと俺は俺だ 」なのに対し、対照的にピート・シーガ―やジョーン・バエズは「 その道一筋 これが私のスタイル 」でフォーク歌手というカテゴリーで括れるでしょう。

ピート・シーガ―のCD


ジョーン・バエズ のCD

ディランはライフスタイルも変えていくので、変化をよく思わない人からは反発 ( のちに一時期キリスト教に改宗した時のジョン。・レノンとか ) を受けてきました。
ディランは自己模倣を良しとせず、変わり続けてきた人 であり、言うなればExile( 流浪する人 ) そこを踏まえないと。
そういうディランの多面性を6人のキャストで描いた異色作が『 アイム・ノット・ゼア 』(2007 監督トッド・ヘインズ )

ボブ・ディランのヒストリーを知るためにおすすめなのが、「 ボブ・ディラン・ドキュメンタリー・シリーズ 」( 4回シリーズ )

VOL.1はデビューの1961年から1965年まで。 『 名もなき人 』が描く時代。
VOL.2はディランとザ・バンドとの関係。
日本で言うと岡林信康とはっぴぃえんど、井上陽水と安全地帯は相当しますが、バックバンドからメジャーになったを通して見るディラン 1965年から1975年。
VOL.3は保守化する社会の変化、ディスコサウンドやMTVやラップなど音楽シーンの変化の中で、迷走し”過去の人”と扱われる低迷期。 1976年から1989年。
VOL.4。 円熟した存在感を確立した復権期 1990年から2006年
ボブ・ディランのCD
