映画『 MINAMATA 』のモチーフとなった一枚の写真
劇場公開時『 MINAMATA 』を観に行ったのはジョニー・デップがユージン・スミスを演じると知って興味が沸いたからです。
自分の中で閉じているもの、冷凍化した認識と思いに、何か刺激となるかもと思い観ました。
この映画は、ユージン・スミスが代表作「 入浴する智子と母 」を撮るまでを描き、そのことが彼自身の行き詰まっていた人生を開放させたのを観て感銘を受けました。
ちなみに、音楽は坂本龍一。
「 入浴する智子と母 」は愛と人間の尊厳を写し撮った1枚。
この写真を観る時、工場廃水でダメージを受けた上村智子さんに痛ましさを感じざるを得ませんが、彼女は憐みの対象とは撮られていないのです。
キャプションで彼女を被害者とか少女とか呼ばないように、名前がある生きている一人の人間として、母から愛されている存在として描いています。
水俣問題の報道写真の多くは被害の惨状を訴え、問題の責任を取らない国や企業(チッソ)を告発・糾弾するもの。
抗議闘争に共感したユージン・スミスもそうした写真を多く撮っています。
それゆえに、だからこそ「 入浴する智子と母 」は特別な1枚なのです。
映画を観た後、ユージン・スミス、アイリーン・美緒子・スミスと水俣とのかかわりを掘り下げたノンフィクション「 魂を撮ろう 」石井妙子・著( 文芸春秋社 )を読みました。
「 水俣病は二度と繰り返してはならないと思う一方で、あまりに辛くて、目にしたくないとないというような気持が心の中に沁み込み、それ以上に深く知ろうとせずに、私は大人になっていた 」
3年に及ぶ取材を経て書かれた好著の著者の独白だが、自分にもまさしく当てはまること。
水俣問題はあまりに重くて悲惨シリアスなことに衝撃を受け、たじろいで受け止められませんでした。
閉塞感・無力感を抱いてしまい、知ることさえずっと避けて逃げてきています。
この映画を観るというきっかけがなければ、もう一度あれこれ考えることはなかったでしょう。
さて、「 入浴する智子と母 」は1998年以降長らく封印されていた写真です。
1977年に亡くなった智子さんのご両親からの「 智子を休ませてほしい 」との意向を受けて、アイリーン・美緒子・スミスさんは決断。
たとえば1996年水俣・東京展で「 入浴する智子と母 」がポスターやチラシに大量に使われたが、雨に濡れ踏まれたりしたこともあったという話などもありました。
ご家族の思いを考えれば、作品の扱いには配慮をせざるを得ないと考えたため。
著作権は上村家に返上せず( 返上すれば使用許可を求めるマスコミや市民団体や、撮影したユージン・スミスの関係者との折衝の矢面にご家族を立たせてしまう )、著作権者としてアイリーンさんはご家族に封印を約束。
そのため市民運動や他のジャーナリストから批判を受けましたが、ずっと封印を通してきました。
だが『 MINAMATA 』の映画化にあたって、アイリーンさんは使用を許可した。
上村家ご家族には事前に相談せず撮影後に報告。
「 魂を撮ろう 」によれば、父親は穏やかな声ながら「使ってほしくはなかった」と答えている。
アイリーンさんも映画『 協力するにあたって事実を歪曲したドラマになることを恐れ、また患者さんやユージン・スミスを直接知る人は作品に違和感や複雑な思いを抱く、と率直に語っています。
その上で映画の意味、可能性は何か。を問いかけ、エンターテインメントは世代や立場を超えて人々をつなぐこと、それがもたらすチャンスをみんなで生かしたい、と述べています。
そして「 入浴する智子と母 」はデジタル・アーカイブ化されていない。
デジタル化・さらにネットでのアーカイブ化はどのような形で使用・複製・加工され拡散するかわからない。 現実はネット検索すると簡単に見られるが、それでも著作権者としては安易にオープンにはできないと考えてのことでしょう。
ぼくもすべきでないと思います。
ご家族の意向に反したアイリーンさんへの批判はあるでしょう。
でもそれは批判を覚悟の上でのあえての重い決断だと受け止め、僕も作品に接したいと思います。
ユージン・スミスの水俣の写真集のタイトルは「 水俣 」ではなく「 MINAMATA 」。
それは、いわばピカソのゲルニカに相当する意味合いがあると思います。
ゲルニカで起こったことはスペインの一地名を超えて、世界の歴史となったように、ミナマタはヒロシマ、ナガサキ、フクシマ、ヒバクシャと同様国際表記のことばとなっている。
この映画のエンディングでも、現在も続く世界各地の人災による環境破壊をリストアップしています。
ちなみに熊本大學研究班が「 水俣病の原因の汚染源としてチッソの工場排水が最も疑われる 」と発表したのが、1956年( 昭和31年)11月3日。
ぼくの生年月日と同じだったことが、個人的にはショックでした。
『 MINAMATA 』のレンタルは こちら
水俣問題について土本典昭のドキュメンタリーのレンタルはこちら
[ 悶え神 と呼ばれる人 ]につづく