12月20日 没後28年 伊丹十三 亡くなったあと
伊丹十三( 1933~1997)はマルチな才能を持ち、いくつもの顔がある人した。
●「 池内岳彦 」 戸籍上は祖父が命名した池内義弘ですが、父・万作は気に入らず岳彦と呼んでいて、後年も親しい間柄ではタケちゃんと呼ばれてました。
●「 音楽愛好家 」音楽愛好家だった父親の形見が蓄音機。
独り暮らしを始めた松山での高校時代からクラシック音楽のレコードに親しみ、大人になってからはヴァイオリンを習い、ギターを嗜んだ。
●「 商業デザイナー 」 最初に就いた仕事。 「 伊丹万作全集 」や映画会社atgのロゴのデザインで知られる。
●「 俳優 」 27歳で大映に入社するも『 北京の55日 』『 ロード・ジム 』に出演。 『 お葬式 』直前には『 細雪 』『 もう頬づえはつかない 』『 家族ゲーム 』『 居酒屋兆治 』などに出演。 テレビドラマでも光源氏から吉良上野介まで演じた。




●「 エッセイスト 」
「 ヨーロッパ退屈日記 」「 世間噺体系 」「 女たちよ 」などがロングセラーだが、ウィリアム・サローヤンの「 パパ・アイ・ラブ・ユー 」の翻訳もした。 個人的には対談集「 フランス料理を私と」がオススメ。
●「 料理通 」 コリ性なので、誕生日に卵焼き器をプレゼントされると、何日も完璧な卵焼きを作ろうとして家族を閉口させた。
スパゲッティづくりにもコッて1960年代にアルダンテなどゆで加減を紹介した走り。
『 タンポポ 』で、トマトライスの上に乗せたオムレツを包丁でカットして広げるタンポポ・オムライスはその後一般化。
●「 乗り物好き 」 子どもの頃から乗り物好き。 48歳でバイクに夢中。
若いころからカーマニアでロータス・エランからベントレーに行きつく。
●「 テレビマン 」
「 遠くへ行きたい 」に企画と出演で参加、制作会社テレビマンユニオンと関係ができる。
「 天皇の世紀 」 歴史ドキュメンタリーでは侍姿でパリを歩いたり、ワイドショーの企画・出演をしたこともある。
●「 ネコ好き 」 父・万作に続いての猫好き。 イラストも多数
●「 精神分析愛好家 」 心理学者・岸田秀「 ものぐさ精神分析 」に共鳴、共著「 保育器の中の大人 」、雑誌「 Mon Oncle 」の連載。
●「 CM作家 」 構成・演出・出演を1担当。 西友、松下電器、ツムラ
中でも味の素マヨネーズと一六タルトは現在でもネット動画で観られます。
●「 映画監督 」 これまでの12の顔が映画監督になるまでの修行・血肉となりました。
伊丹十三が亡くなったあと、宮本信子と盟友・玉置泰は伊丹十三記念財団を設立。
愛媛県松山市に2007年5月伊丹十三記念館を開設・運営を続けています。
伊丹十三賞も今年まで17回( 今年は山田五郎 )続けています。
伊丹十三の多才な顔を紹介した
書籍「 伊丹十三記念館ガイドブック 」
DVD「 13の顔を持つ男 伊丹十三の肖像 」
いずれも伊丹十三記念館のウエブサイトをごらんください。
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投稿を表示伊丹十三さんの命日を前にして、松山出身者でありながら彼のことをあまり知らないことに気づかされました。
同郷であり高校の先輩である伊丹さんが映画作家として苦闘を続けてきたことを知ることができました。LOQさん、ありがとうございます。
一六タルトのテレビCMを思い出しながら記事を拝読しました。確かカミさんが「世間噺体系」を持ってたと思います。本棚を探してみましょうか。
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投稿を表示ロキュータスさん
「伊丹十三」に関する専門教則本ですね。
全通、すべて読み応えがあり、ロキュータスさんならではの文脈にあらためて感心しました。
本来なら、このような投稿記事がたくさん投稿されてしかるべきなのに、本欄の「DISCASレビュー」頁では、毎日やたらと作品だけを並べて、たった2~3行のうすっぺらい紹介(??)記事を載せるだけのものが散乱していて、辟易・うんざりしていました。
Discover us も来年早々には ‘店じまい’ されるそうですが、十分予測できたことでした。
ある意味、ほっとしています。
私は11月中旬以降、Discover usには一切投稿しておりません。
ロキュータスさんのご投稿記事をもっと拝読したかったですが、これからはレビュー広場のほうでまた宜しくお願いいたします。