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2025/03/18 23:24

4月10日生まれの男たち その1 永六輔

淀川長治、永六輔、和田誠、さだまさしの4氏( 以下、敬称略 )はいずれも4月10日生まれ。

 

ある時永六輔は「 これも縁だから、いっしょに誕生日会をやって、大先輩をごちそうしよう 」と決め、時間を取ってもらうよう、淀川長治に言うと「 行きません。 そんなところ 」と怒ったような返事。

理由を尋ねると「 誕生日のことを考えてごらんなさい、 その日、一番大変だったのはお母さんだろう。 その日は母に感謝し、尽くす日。 お元気なら孝行し、亡くなられたらお墓参りに行きなさい 」と言われた。

永六輔は恐縮し, かつ感動し自身もそうするようになった。

( 当時、淀川長治の母親は健在で、1970年6月死去。 後年おすぎの音頭で、さだまさしや平野レミらも加わって「 4月10日の会 」として集まり、食事するようになった。 )

この話は永六輔、さだまさしの著作、放送でしばしば紹介されました。

 

以下、同じ4月10日生まれの4氏について書きます。

 

 4月10日生まれの男たち その1 「 六輔八面六臂 」

 

   永六輔 ( 1933 ~ 2016 )

 

浅草生まれの江戸っ子で、お寺の住職の子として生を受ける。

国民学校に通った戦中世代。

 

高校時代からラジオの「 日曜娯楽版 」に投稿したハガキ職人の先駆け。 

淀川長治が1948年に始めた「 東京映画友の会 」の初期メンバー

「 永君はおしゃべりが巧みで集まりの中の花形。 和田君はうつむきかげんでおとなしい 」が淀川長治による少年時代の両者の印象。

 

 早稲田大学に在学中から「 日曜娯楽版 」の構成作家だった三木鶏郎のブレーンとなり、放送作家に。

古川ロッパは「 古川ロッパ昭和日記 」に「 永君は若いけど、この子はおもしろい 」と書いている。

一方、徳川夢声には「 夢声戦争日記抄 敗戦の記 」に「 永六輔なるものがいろいろ昔の古い話を聞きにくるけど、生意気で、来るたびに不愉快だ 」と書かれている。

 

 忙しくなり早稲田大学は中退。

ちなみに早稲田には古くから「 中退一流( 留年二流 卒業三流 )」いう言い回しがあり、森繫久彌、五木寛之、大橋巨泉、タモリらとともに、中退ながら大成した例の一人として挙げられることがある。

 

 記憶が正しければ、市川崑に映画の脚本の指導を受けるがうまくいかず、また、『 七人の侍 』の勝四郎役のオーディションを受けるが落ちている。 ( 起用されたのは木村功 )

 

 

   ディズニーの『 わんわん物語 』『 バンビ 』『 ダンボ 』( 最初の日本公開版 ) では声優を務めた。

 

 

『 春男の翔んだ空 』(1977)では主演。

障害児教育の草分けの小学校教師・野杉春男の伝記映画。

製作は独立プロの現代ぷろだくしょん。 製作・脚本・監督は山田典吾。

共演は佐藤オリエ 愛川欣也 原知佐子 佐藤慶 黒柳徹子 他

 

 その他 放送パーソナリティ、作詞家、作家などマルチに活躍を見せ、多様でユニークな活動が多いが、その一つが尺貫法の問題提起

国際基準に合わせたメートル法の施行で、建築業者が日本家屋を建てる際 実際には尺貫法のクジラ尺を使用しているのに、書類などではメートル換算で行なう不合理を訴えた活動。

 

『 男はつらいよ 寅次郎純情詩集 』( 第18作 1977 )にはそれに関連してカメオ出演しています。  マドンナは檀ふみ と 京マチ子。

ちなみにこの作品を黒柳徹子は渥美清と正月に劇場で観ましたが、3人は古くからの友人。

 

 

男はつらいよ 寅次郎純情詩集      【第18作】 / 渥美清

 

 さらに永六輔についてはこの作品のロキュータス名義のレビューに書きます。

 

 

『 男はつらいよ 寅次郎純情詩集 』ロキュータス名義のレビューはこちら ( 予定 )

 

ちなみに。

永六輔の没後、10000冊に及ぶとされる蔵書の扱いをどうするか。

遺族は困っていましたが、水道橋博士によると、人を介して事情を知った鈴木敏夫が相談に応じ、スタジオジブリが引き取って預かることになったそうです。  さすが。 すばらしい。

 

 

             「 永縁~さだまさし 永六輔を歌う~  」

永縁~さだまさし 永六輔を歌う~ / さだまさし

 

             永六輔  関連のCD 全般

 

 

 

シリーズ 4月10日生まれの男たち

 

その2 淀川長治  はこちら

その3  和田誠     はこちら 

その4  さだまさし  はこちら

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